洛陽の月
三○一

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 三○一号室に案内された東条圭は散らかった室内を見て、一瞬表情を失った。  生乾きの洗濯物がベッドにばら撒かれ、入り口横に三つ並べて置かれた学習机の上には食べかけのスナック菓子の袋とペットボトル、サッカーマガジンが教科書類を脇に押し退け、我が物顔で鎮座している。  ベランダへ通じる窓脇にシングルベッドが一つ、その隣に安っぽいスチール製の二段ベッドが壁に沿って置かれている。ベッド上段と下段にはクリーム色の遮光カーテンが付いていた。  大小さまざまの目覚まし時計がシングルベッドの周りを占拠しており、圭が目視でその数を数えたところ、全部で八個もあるようだった。 「部屋はいつもこんな感じなんですか」  スポーツバッグを肩にかけた圭が恐る恐る権丈に尋ねた。 「いつもと比べると綺麗な方かな。兵藤は散らかすばかりで、ほとんど掃除しないから」  権丈がそう言って笑った。 「地下一階に大浴場と洗濯機とトレーニングルームがあるから」 「どうして目覚ましがあんなに沢山あるんですか」  圭がシングルベッドの方に視線をやった。 「兵藤が朝寝坊するたびに増えていってね。就寝前に目覚まし時計を部屋のいろんな場所に隠すんだ。そうすると、目覚ましを止めるために嫌でも起きるからって」  二段ベッドの下段に腰掛けた権丈が嘆息する。 「まあ、目覚ましが何個鳴ろうと起きやしないんだけどね」  入り口の扉が開き、ピンクのタンクトップにハーフパンツ姿の兵藤が部屋へ戻ってきた。首にタオルをかけ、身体中から湯気が立ち上っている。 「お前ら、風呂行かないのか。早く行かないと混むぜ」  そう言うなり、兵藤はシングルベッドの上へダイブした。 「そうだね。後で行くよ」  権丈が律儀に尋ねた。 「東条君は二段ベッドの上と下、どっちがいい?」 「自分、上で平気です」 「そう。でも、荷物はそこらへんに置いていいからね」 「うす」  権丈と圭の他人行儀なやり取りを寝っ転がりながら眺めていた兵藤は、のそりと起き上がると、学習机の上に置かれたスナック菓子の残りを口の中に流し込んだ。 「おい、ゴンスケ。東条先輩の弟だからって、いくらなんでも遠慮し過ぎじゃねえの」  初対面から圭と呼び捨てている兵藤は、二学年下の後輩を君付けで呼ぶことにまどろっこしさを感じているようだった。 「普段からそんなんじゃ、試合中もコミュニケーション取れねえぞ」 「それもそうだけど」  言い争いから逃げるように圭は二段ベッドの梯子を上った。遮光カーテンを失礼にならない程度に引く。 「俺は風呂に行くけど、圭君も一緒に行く?」  ベッド下から権丈が遠慮がちに聞いた。 「なんだ、そりゃ。付き合い始めのカップルかよ」  兵藤が腹を抱えてげらげらと笑った。 「兵藤先輩は彼女いたこと、あるんですか?」  唐突に矛先を向けられた兵藤が歯軋りしながら沈黙し、権丈が苦笑いした。 「サッカー部員に女といちゃついている暇などない。鍛錬あるのみ」  権丈は兵藤のストイック自慢に付き合わず、バスタオルと着替えを持って部屋を出た。 「じゃあ俺は風呂に行ってくるから」 「僕も行きます」  圭は枕の脇に置いたスポーツバッグから洗面用具一式を取り出し、梯子を下りた。部屋に兵藤を残し、小走りで権丈を追った。

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