洛陽の月
強さの秘密

 気分が何ひとつ晴れぬまま、十日ばかりが過ぎた。  結局、全国高等学校サッカー選手権大会は、洛陽高校が二回戦で敗れた神奈川代表・桐郷学園の優勝で幕を閉じたらしい。  その事実を同級生の兵藤弘びょうどうひろしから聞かされるまで、権丈は大会の結果をあえて知ろうとはしなかった。知りたくもなかった。  もし、あの場で自分が決めてさえいれば……。  そう思うたびに悔しくて眠れなかった。  暗く翳った寒空の下、鴨川にかかる三条大橋の上からさらさらと心地よい音を響かせる清流をぼんやりと眺めた。  権丈は、欄干に寄りかかり夜風に吹かれている東条俊一の整った横顔を盗み見た。  何もしていなくても絵になる人だな、改めてそう思った。 「いいんですか、抜け出してきてしまって」  権丈が恐縮したように言った。 「平気だよ。むしろ、いい口実になったぐらいだ」  欄干から離れ、腰を浮かせた東条が微笑した。  冬の選手権第二回戦、PK戦の末に敗れた洛陽高校の三年生は有志を募り、三年間お世話になった女子マネージャー七名を労う会を開催した。  当初は景気よく、鴨川べりでバーベキューでもしようという計画だったようだが、鴨川および高野川一帯でバーベキューや打ち上げ花火、落書き等を禁ずる鴨川条例に抵触するということで、泣く泣くいつもと変わらぬクラブハウス前の駐車スペースで「労う会」が開催される運びとなった。  この日に限って女子マネージャーはまさしく女王様待遇で、肉やソーセージが焼けるのをただ待っているだけでよく、すべての下準備は三年生男子部員が分担して行う手筈となっていた。だが、なぜだかその場に駆り出された唯一の二年生が権丈だった。 「三年生に気を遣わせてしまって申し訳ないです。俺が不甲斐ないばかりに……」  権丈は俯き、唇を噛んだ。寝ても覚めても頭の中からシュートを外した最後の場面の残像が消えなかった。 「俺も一年のとき、夏のインターハイでPKを外したから、お前の今の気分は分かるつもりだよ」  東条は明後日の方向を向いたまま、静かに言った。 「試合後、大葉監督がこう言ったんだ」  東条は真っ直ぐに権丈を見据えた。月明かりに凛々しい顔がよく映える。 「辛い経験や失敗は銀行預金の積み立てをしているようなものだ。いつかきっとどこかで引き出すことができるから、起きることはすべて必然と思って精進しなさい」  揺るがない強さの秘密を自分のような小物に伝授しようとしてくれたのだ、この人は。権丈は思わず姿勢を正した。 「良い結果が出た時は積み立てたものを引き出しているだけだ。その分、また積み立てが必要で、どんなに良い結果でも勘違いしたり天狗になったりするなよ、とね」  話し終えた東条は照れ隠しであろうか、しきりに頬を掻いた。 「たんなるメンタルコントロール法の一種だと言えば、それまでなんだけどな」 「いえ、ありがとうございます。参考になりました」  権丈が深々と礼をした。 「お前、来週あたりに新人戦だっけか。しっかりやれよ」  東条は権丈の肩をぽんと叩いた。静かに歩み去っていく大きな背中が見えなくなるまで、権丈はいつまでも目で追っていた。

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