洛陽の月
最後の欠片

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 平岡の抜けた洛陽サッカー部は、ただがむしゃらに走るだけの凡庸なチームに思えた。  パスは回らず、裏に抜ける動きもなく、長身の黒田にハイボールを放り込むだけのワンパターンを繰り返すばかり。松葉杖をつきながら自チームを客観的に眺めるにつけ、チームの頭脳であり、心臓であった平岡の不在がいやでも浮き彫りになってしまう。  どんなに激しいプレッシャーを受けても決してボールを失わず、いつでも冷静にゲームを組み立て、ここぞという場面には決定的なパスを前線にぴたりと配球する司令塔がいなくなってみて、初めてその大きさが分かった。  しかし、入部当初の平岡は取り立てて目立つことのない選手だった。  一年生エースの東条俊一を擁し、月まで走れ、という印象的キャッチーな標語も相まって、選手権初出場を果たした無名の洛陽高校サッカー部は一躍有名になった。  とにかくよく走る洛陽は、清々しいまでに分かりやすいサッカーをしており、どんな格上の相手であろうと全力で走り勝った。  洛陽のサッカーに感銘を受けたのは権丈だけではなく、兵藤も黒田も心は同じだった。  選手権出場の影響もあってか、洛陽サッカー部への入部志願者は例年になく膨れ上がり、セレクション組も一般入試組も分け隔てなく、二十周走の洗礼を受けることとなった。  体力自慢の兵藤はここで大いにアピールしたが、サッカーの技巧ではなく、持ち前の頭脳を活かして学費免除の特待生として入学してきた平岡のタイムは芳しくなかった。  3200メートルを12分で走る、という当落線ボーダーラインにも遥か及ばず、下から数えたほうが早いぐらいの出来であった。権丈の世代で真っ先にトップチーム入りしたのは兵藤で、他の選手は揃ってBチームスタートと相成った。  洛陽荘に入寮し、権丈は兵藤、黒田、平岡と共同生活を送るようになったが、平岡は余暇時間は読書と勉学に勤しみ、志木を除いては同期とほとんど群れることはなかった。  体力だけはあったが、技術の足りない兵藤はあっさりBチームに降格し、権丈らは横一線の立場となったが、兵藤の平岡への敵対心は並々ならぬものがあった。そこはかとなく漂うインテリな雰囲気がどうにもお気に召さないようだった。 「マジでサッカーをやるつもりなんてねえんだろ。内申書の足しになるからだろ」  などと邪推して、平岡を毛嫌いしていた。当の平岡はどこ吹く風で、特進クラスの志木とばかり行動を共にしていた。  正確無比なパスの出し手である平岡は、一見すると、その凄さがよく分からない選手だ。特別に足が速いわけでも、無尽蔵の体力があるわけでも、頑強な体躯を誇るわけでもない。  だから、同期の中でもほとんど目立った存在ではなかった。  故障明けで、たまたまBチームの練習に参加していた東条俊一が、 「なんで平岡あいつを下に置いておくんですか」  と進言していなければ、平岡はずっと二軍暮らしが続いていたかもしれない。大エースの鶴の一声によりトップチームに引き上げられた平岡は、瞬く間に頭角を現した。  東条俊一という稀代のオールラウンダーには、彼にパスを供給するパサーだけが足りていなかった。平岡は、そこにかちりと嵌まったパズルの最後の欠片ラストピースだ。  平岡のパスは、月まで走れ、という根性ありきのチームのカラーまで塗り替えてしまった。  熱気に満ちたフィールドにあって、平岡がボールを蹴るたびに涼やかな風が吹く。  平岡が涼しい顔をして活躍するのを見るたび、兵藤が歯噛みして、口惜しがったのは言うまでもない。  ただ、洛陽サッカー部の顔であった東条俊一はもういない。  洛陽の頭脳であり、心臓であった平岡もまたチームを去った。  権丈の隣にあるのは、体重を支える松葉杖があるのみだった。

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