洛陽の月
踊る大応援団

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 東条俊一は大晦日と正月三が日を京都の実家で過ごした。  実弟の圭が所属する洛陽高校サッカー部は、冬の選手権京都府予選で優勝し、全国行きの切符を勝ち取った。去年、自分が出ていた全国大会に今年は弟が出て、それを両親と共にテレビで観戦する、というのも妙な気分だった。  チームはまさしく生き物である。自分の世代のメンバーが去り、弟の世代を新たに迎えたチームはすっかり様変わりしていた。  洛陽高校の代名詞である「月まで走れ」という基本コンセプトはきっちりと今年のチームにも踏襲されているが、誰も彼もがやみくもに走るのではなく、攻撃のタクトを振るうボランチの平岡を中心に緩急をつけた試合運びを志向するようになった。局面ごとに選手個々の役割もより明確になり、速攻も遅攻も変幻自在の大人のチームに変貌した。  大会を勝ち進むうち、主将の権丈陽介と副主将の兵藤弘はプロのスカウトの視線を集める注目の存在となっていた。特に兵藤は、赤い爆撃機の異名で知られる植村虎太郎を完封した堅守ぶりもさることながら、グラウンド外での活躍によって、一躍その名を全国的に知られることとなった。 「お父さん、これよこれ。この10番の子と9番の子が素敵なのよ」  いつまで経ってもサッカーのルールを覚えられない母がテレビのリモコンを操作し、圭が映るかもしれないから、と毎日撮り溜めていた録画映像を再生した。  新調したばかりの50インチテレビに映ったのは、洛陽高校が京都府予選で優勝し、ベンチに入れなかった部員たちの待つ観客席へ、選手たちが挨拶に行ったシーンだった。  ブラスバンド部の合奏と野太いチャントの声が響くなか、権丈と兵藤を中心にして選手たちが深々とスタンドに向かって礼をした。そこまではいたってよくある感動的なシーンだったが、根がお祭り男の兵藤はメンバー全員に肩を組ませると、チャントの声に合わせ、さながらラインダンスのように左右へ揺れ動き、一糸乱れぬステップを披露した。  観客席の部員たちも即座に同調し、白いユニフォームの集団は、踊る大応援団と化した。宝塚歌劇団の熱烈なファンである母には、サッカーのハイライトシーンよりもよほど琴線に触れるお気に入りのワンシーンだったようだ。 「ああ、このシーンは何度も見たよ」  連日のお雑煮にのろのろと箸をつけていた父の手が止まる。 「9番の彼にはスター性を感じるね。宴会部長の資質がありそうだ」  お雑煮にも、繰り返し見せられる録画映像にも飽きているらしい父は適当な相槌を打った。 「いいわね、この10番の子。昔のお父さんにそっくり!」  京都府予選の三回戦、対紅學館戦で権丈がダイレクトボレーを決めたシーンに映像が移り変わっていた。キーパーの下敷きになって潰されていた圭がゴールを決めた権丈に抱き起こされるまでが映されており、これもまた母のお気に入りシーンに登録された。 「こうして見ると、いつの間にか圭も大きくなったのね。ちょっと前まで俊兄しゅんにぃ俊兄しゅんにぃって、どこに行くときもあんたの背中に引っ付いて歩いていたのにねえ」  母の認識の中では、圭は今もまだ幼稚園か小学生かそこらから、ぱたりと成長していないらしい。四月になればもう高校二年生だ、という実感はおそらく無いようだ。 「圭はこの一年で見違えたよ。サッカーの実績では圭の方が俺よりも上に行ったしね」  自分は全国大会二回戦止まりだったが、圭は今年準々決勝まで駒を進めた。あと三つ勝てば、全国の頂点まで見える位置までこぎ着けたのだ。兄としても、学校OBの立場としても、いずれにせよ素直に称賛せねばならない功績だろう。  俺の背中を追っていただけの、小さな弟の姿はもうどこにもない。それは嬉しくもあり、反面、少し寂しくもあった。 「俊一と同じところは嫌だとごねていたけれど、洛陽高校に行かせて良かったみたいだな。一時期はふて腐れていて、どうなるかと思ったがな」  お雑煮を食べ終え、箸置きに箸を置いた父が遠い目をした。 「ところで圭の次の試合はいつなんだ」 「明後日に準々決勝があるよ」  一月五日に準々決勝、それに勝てば九日に準決勝、そして十一日に決勝という段取りだ。 「俊一はいつまで家にいるつもりだ」 「明日、東京に戻るつもりだけど」  父がわずかに肩をすくめた。五日の試合も家族で一緒に観ないのか、と言いたいのだろう。 「高校の時の同級生が五日の前売り券を購入しているんだ。準決勝と決勝のチケットも押さえてくれているらしいし」 「そうか。勝てると良いな」  父の頷きに呼応するように、大応援団は白い大波のように踊り、ブラスバンド部の奏でる管楽器の音色に乗せて、高らかに勝利の歌を響かせていた。

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