洛陽の月
シャドー

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 赤く燃える太陽が西に傾き、サッカーボールの輪郭が見えにくくなってきた頃合いの時間帯に、照明灯に黄色い光が瞬いた。四対二、六対三のミニゲームを終えた選手たちは鋭く笛を鳴らした大葉の元に集まった。 「次は八対八のミニゲームを行います。今から四チームに分けるので、チームごとに違う色のビブスを着るように。最初のゲームは橙と紫が入ってください」  大葉は八人のチームを四つ無作為に作ったように見えて、そのうちの一つのチームは練習前に権丈が進言した通りの布陣だった。  橙色のビブスを着た権丈の周りに、平岡、黒田、兵藤、小峰史郎、東条圭、石塚、橋本が集まった。 「兵藤君、ちょっとちょっと」  大葉が兵藤に向かってちょいちょいと手招きした。大葉は小型の作戦ボードを手に持って、怪訝そうな表情を隠そうともしない兵藤に何かを伝えているようだ。 「兵藤だけ特別待遇だね。羨ましい」  個別の指示を与えられた兵藤を見ながら平岡が微笑した。怪訝そうな表情を浮かべていた兵藤はいつの間にやら満面の笑みを浮かべ、終いにはスキップして輪に戻ってくるほどの上機嫌ぶりだった。 「いいか、今から監督の意図を説明する」  輪の中心に立った兵藤がこれ以上ないほどに真剣な面持ちで言った。 「これは対京都星章戦のシミュレーションだ。いつも俺は角度の無いところからセンタリングを上げているが、今回はあえて一列下がってサイドハーフの位置から斜めにクロスを放り込むことにする。狙える位置であれば直接狙う。……つまり、そういう練習だ」  それだけを言い終えると、兵藤は誰よりも先にピッチへ飛び出していった。  大葉がゆっくりとこちらに近付いてきた。 「兵藤になんて言ったんですか」  平岡が共犯者めいた笑みを浮かべると、大葉は目尻を下げた。 「星章の5バックは強力ですから、兵藤君の得意なマイナスのクロスボールも跳ね返されてしまうかもしれません。ですので、今回はあえて目先を変えて、中盤から早めにクロスを放り込んでみてください。トップの黒田君に合わせてもいいし、直接シュートを狙ってもいい。引いて守る相手を崩せるかは兵藤君の双肩にかかっているのですよ、と率直に伝えました」  橙色のビブスを着た七人が一斉に兵藤を見た。早くもサイドライン際に陣取り、準備体操に勤しんでいる。 「持ち上げられると、どこまでも舞い上がるあの単純さはぜひ見習いたいね」  平岡が思ってもいないであろう感想を口にした。  京都特有のはんなりアタックである。  洛陽高校サッカー部はここ何年かで全国から選手が集まってくるようになった。寮生活をしているうちに共通言語化が進むためか、平岡も言葉こそ京ことばではないものの、決して本音を口にしない皮肉っぽさは古都・京都の奥深さを感じさせる。 「兵藤先輩が中に放り込むなら、僕はシャドーっぽく動けばいいんですね」  どうやら圭は大葉監督の裏の意図を汲み取ったらしい。 「ええ、出来ますか?」 「たぶん」  東条圭はその場で軽く屈伸すると、ピッチへと入っていった。  セカンドトップの選手は、センターフォワードのシャドーから飛び出して得点する様から「シャドーストライカー」と呼ばれることがある。最前線に立つセンターフォワードに比べてディフェンダーから離れているため、相手にマークされにくいという特性もある。  その特性を活かして、最前線でプレーする以上の得点力を発揮することもあるポジションだ。 「黒田先輩を潰れ役にして、東条に点を取らせるってことですか」  センターバックの石塚が平岡に尋ねた。 「そういう狙いもあるけど、監督はシャドーが一人だけとは言っていないよ」  平岡はサイドラインを跨ぎながら答える。 「シャドーっていうのは相手から見えていないからこそのシャドーなのさ。最初から見えていたらシャドーじゃない」

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