洛陽の月
最高のパス

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 しばらくの間、左足に感覚が無いような気がした。  ……折れている?  いや、足は動く。ユニフォームパンツとインナータイツを捲り上げると、左足の太腿の外側の部分が赤黒く変色していた。立ってみる。そして歩いてみる。踏ん張りは効かないが、歩けないこともなかった。おそらくだが折れてはいないだろう。よくある打撲程度だ。  試合は終わったはずなのに、不思議と周囲からは何の音も聞こえなかった。兵藤が血相を変えて主審に詰め寄ろうとしているのが見えた。あれはファールだった、と抗議したいのだろう。けれど、審判の笛は絶対だ。抗議しても判定が覆る可能性はおそらく無いし、いちゃもんをつければ学校の名に傷を付けることになる。  あの学校の生徒たちは態度が悪い。そういう誤った悪い心証を植え付けることになる。未来に禍根を残すことになる。それは将来、後輩になるであろう生徒にとって負の遺産となる。試合に勝つことよりも、洛陽高校の名を汚すことの方が問題だ。 「兵藤、整列」  権丈はようやく立ち上がり、主審へ詰め寄ろうとする兵藤を諫めた。しかし、兵藤は止まらなかった。そこに黒田が立ち塞がった。自らの大きな背中に兵藤を隠すようにして。 「黒田、ありがとう」  こちらに背を向けた黒田の大きな背中にせめてもの礼を言った。整列のためにセンターサークルへと向かおうとすると、兵藤が涙を必死に拭っていた。どうしてお前が泣くんだよ。兵藤はよくやったよ。さすがは左サイドの覇者だったぜ。 「ごめん兵藤、肩貸して。歩けないや」  歩くとよろけたのでそう言うと、兵藤が泣きながら肩を貸してくれた。左足を浮かせ、兵藤の肩を借りながら一本足でぴょんぴょん飛びながら歩いた。そういえば選手権最後の試合でも東条先輩に肩を借りたっけ。どうにも自分は他人から肩を借りてばかりで、主将のはずなのに本当に頼りにならないなとつくづく思う。  センターサークルへ歩いていると、最高のラストパスを送ってくれた平岡がピッチの上に立ち尽くしていた。感情をどこかに置き忘れてきてしまったかのようで、能面のような表情をしていた。昨夜の情熱的な演説のすべてが嘘だったかのような顔だった。 「最高のパスだった。決めきれなくてごめん」  平岡は昨日の宣言通り、チームを月まで導いてくれた。今日負けたのは、月まで走りきれなかったのは、すべて俺のせいだ。  センターサークル付近で京都星章高校のイレブンと向き合い、お互いの健闘を称える握手を交わした。だが、平岡は誰とも握手を交わさずにベンチへと引き上げていった。

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