洛陽の月
スローガン

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 春の陽光にメイングラウンドの天然芝が美しく輝いていた。  照明設備はもちろんのこと、全天候型のランニングコースまで併設された洛陽高校サッカー部の専用グラウンドは、長らくJリーグユースチームの監督、コーチ、育成ディレクター、トップチームの強化部長を歴任した大葉にとっても恵まれた環境に思えた。  母校からの監督就任依頼を引き受けてから六年目のシーズンを迎えた。 「今年こそ勝て、か」  ウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込みながら、大葉はゆっくりと歩いた。  齢のせいか、いつの間にか独り言が増えた気がする。  正規の教員ではなく外部コーチとして雇われた立場上、学校側が目に見える結果を求める気も理解はできる。だが、勝つことよりも大切なことがあるという理念を着任から六年経った今も共有されていないと思うと、どこか心に隙間風が吹くような気がしてならない。  サッカー名門校とは言いがたい洛陽高校からオファーを受けた大葉は、学校側に二つの条件をつけた。  一つ、サッカー部専用の練習環境を整えること。  一つ、選手権で勝つことを至上命題としないこと。  日本の高校サッカーには、高校サッカー選手権というあまりにも華やかな大会があるため、学校PRのために全国大会出場を至上命令としてサッカー部の強化に取り組む傾向が強い。  特に私立高校で顕著であるが、そうしたサッカー部ではいまだに「とにかく選手権で勝つこと」を目的として、選手の伸びしろや将来性を無視したハードトレーニングや走り込みが行われていることが多い。  勝つことはつまり学校の名前を世に知らしめることだと勘違いしている節のある経営陣には再三伝えたことだが、大葉は勝利のために怪我をした主力選手を強行出場させたり、エースに守備を免除するような戦術には否定的だった。  たんに勝つため、選手権出場による学校PRのためではなく、世界の舞台で通用する選手を育てたい。世界で活躍する選手を育てることさえできれば日本サッカー界に間違いなくプラスとなり、学校にとっても高校サッカーのタイトルを獲る以上のインパクトがある。  洛陽高校の経営陣を相手に大葉が訴えたのは、三年間で強く、速く走れるようになるかどうかではなく、ボール感覚と創造性に溢れた選手を育てたい、ということだった。  とはいえ、洛陽高校サッカー部が標榜する「月まで走れ」というスローガンは、ともすれば根性論じみたスパルタサッカーと理解されるきらいがある。  京都府代表の覇を争う京都星章は「三年間で地球一周分、およそ4万キロを走る」とも称されるゴリゴリの根性サッカースタイルだ。  相手が地球一周ならば、うちは月まで走ろう。  大葉は監督就任当初に、そうぶち上げた。  月までは、38万4400㎞。  在学期間の三年間、毎日走り続けたとしても、一日に必要な走行距離は350キロ。  どだい、無理な注文である。  しかし、部員六十人全員で走れば、一人一日6キロ足らず。  一見、根性論にも思えるスローガンは、「苦しい時にこそ頑張れ」という大葉なりの励ましエールであり、どれほど技術テクニックがあってもチームのために走れない選手はフィールドに立てない、という戒めでもある。  だから、「月まで走れ」といういかにもサッカー音痴の経営陣が好みそうなスローガンは大葉にとって一種の皮肉である。  本心は少し違う。  考えて走れ。可能なら月まで。

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