晴耕雨読に猫とめし
英語学習の話 その1

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

イギリスに留学したというと、「英語、どうやって勉強しました? すぐ喋れました?」と決まって訊かれます。 訊くほうは気軽なんですけど、その話、説明しようと思うとわりと長くて。 だから今回、ちゃんと書き留めておこうかと思った次第です。 私に対する英語教育は、おそらく3歳の頃には既に始まっていました。 といっても、アレです。当時流行っていた「セサミストリート」を毎週見せる、というだけのことです。 なーんだ。 でも、日々の糧を確保することすら時には難しかった若い親としては、それが精いっぱいだったのではないかと思いますし、母はずいぶん私に夢を見ていたようです。 たぶん、「インターナショナルに活躍する子供に育てよう」なんて意気込んでいたんでしょうね。 しかし私は、英語よりセサミストリートの人間関係のほうが気になる子供でした。 特に、バートとアーニー(長いのと丸いの)関係! なんなん君ら! 兄弟かと思ったら違うんやん! 友達ふたりで同居なん?  それぞれのお部屋じゃなく、同じ部屋でベッドを並べておやすみなさいなん? えっ何、仲良すぎへん……? 今も彼らの関係性についてはよくわからないままですが、幼い私はそこが気になって気になって。 内気すぎて友達がいない幼稚園児だったので、そこまで仲良くなれる他人が存在するという事実に驚愕していたんだと思います。 それにしてもセサミストリート、色んな人種の人たち、色んな職業や生活環境の人たちがいて、マペットたちも大きかったり、ゴミ箱に常駐していたり、クッキーを食べ散らかしたり、あまりにも個性豊かで。 でも、みんながありのまま受け入れられている。 大人たちに「変わった子やね」と言われることに既に慣れ始めていた幼児には、とても眩しくて素敵な世界でした。 たとえテレビの中といえども、そうした世界もある、あるいはそうした世界を目指す人々がいるのだと知れたのは、私にとっていいことだったと思います。 でも、英語はほとんど覚えませんでした。 これを言うと本当に失礼なんですが、アメリカ式のあの角が取れた滑らか~な発音と独特のアニメーションが、どうも私は幼児期から苦手だったようです。 そこで、引っ越して少し経済的に余裕ができた頃、母は小学3年生の私を、近所の英語学校に放り込みました。 先生がたは皆日本人ですが、学校の中で日本語を話すことは禁止。 生徒は皆、最初のレッスンで、英語の名前を貰い、学校の中では、その名前で呼ばれることになります。 「さあ、この中から、あなたの名前を選んで」 そう言いながら、お祖母ちゃんと呼びたい年齢の優しい先生が、私の前に何枚かのカードを並べ、そこに書かれた女の子の名前を、バリバリのアメリカンイングリッシュで読み上げてくれました。 マーガレットだのキャサリンだの、クラシックで美しい名前が並ぶ中、私が選んだのは、”Linda”。 そう、リンダ。 ウララ ウララ ウラウラで。 もはや何人わかるねんこのネタ。 いえ、別に山本リンダさんにちなんだわけではなく(ずっと美しくかっこいいので憧れてはおりますが)、単純に綴りが短くて、いちばん読むのも書くのも簡単そうだったのです。 私はどうやら昔から、そのあたりはとても合理的な子供だったようです。 私はその学校の中では「リンダ」で、先生や数人のクラスメートと、いっちょ前に英語で語り合う子供にクラスチェンジしました。 当たり前ですが、そんなことがいきなりできるわけがありません。 その学校の最初期の英語教育は何かというと、これがすべて歌でした。 挨拶の歌、お天気の歌、曜日の歌、数の歌、感情表現の歌。美味しいの歌や、悲しいの歌もありました。 とにかく歌いまくるのです。 そこは、例のセサミストリートにとても似ていました。 違うのは、先生に歌を一区切りずつ教わりながら、生徒の私たちが、完璧に覚えて自分たちで歌うこと。 毎週、先生が、"Let's sing!" と仰るので、私たちは、指示された歌を一緒に歌い、何度も何度も反復することで、言葉や言い回しを少しずつ自然に覚えていきました。 他にも、床一面にちりばめられた色々な言葉が書かれたカードを、早い者勝ちで何枚でも拾い集め、ちぐはぐでもいいから、何らかの気持ちを表現できる文章を作る練習。 お店屋さんごっこや、お医者さんごっこといったロールプレイを通じて、お互いに英語のお決まりのフレーズを使い、やりとりする練習。 レッスン内容は驚くほどバラエティに富んでいましたが、ただひとつ、根底にあった大原則は、教科書を使わないことでした。 思い返せばあの学校のレッスンは、今、Eテレなどでよく見る、「面白い寸劇や遊びや歌、踊りを通して英語に親しみ、単語やフレーズを覚える」というバラエティ色の強い語学番組にとてもよく似ていました。 私は、遊びを通じて楽しみながら学ぶのはとてもいいことだと思っています。 学習は苦しく地道なものだという意識が未だに大人たちの間には強いけれど、楽しく学べるなら、そのほうがいいに決まっています。 楽しく門を潜り、楽しく理解し、楽しく学習を進めていく。 いいじゃーん。最高じゃーん。 どんなジャンルだって、「好き」と「楽しい」の力はとても強いのですから。 ただし、番組をぼーっと見ていてわかった気持ちになったとしても、その時得られた知識は、3日と持続しません。 本当に知識を自分のものにするためには、「記憶」しなくてはならず、そのために必要なのは、「反復」です。 ただひたすら、何度も唱え、書き、覚え、忘れ、また覚える。 勿論、すべてを覚えることは不可能でも、太い骨組みにあたる部分は、そうやって覚えていったように思います。 細い枝や葉にあたる部分は、再び必要になったときに、「あーそれそれ!」と言いながら、また思い出して取り付ける。 そして、また一部は落っことす。 英語に限らず、学習はその連続で成り立っていくのではないでしょうか。 ひとりでやっていたら息が詰まるようなその過程を、みんなで楽しく遊びながらクリアさせてくれたあの学校に、私はとても感謝しています。 実は、ロビーにマンガ雑誌がこれでもかというほど完備されていて、親にマンガを禁止されていた私は、そこで「週刊マーガレット」を満喫することができた……という意味でも本当にありがたい学校だったのですが、それはまた、別の機会に。 ただ、この学校、文法をギチギチに教えるということはしませんでした。 ただ、単語からフレーズ、フレーズから短い文章へと学習を進めるうちに、なーんとなく、ふんわりと、ベーシックな構文のルールを感じとらせる程度に留めていたように思います。 しかし、物怖じせず、ブロークンでも平気で英語を口にできるようになったのは、大きな収穫でした。 ところが。 転校により、私の英語学習は、小学校5年生の終わりでいったん途絶えてしまいます。 神戸に越して、中学受験まであとたった1年というところで突然受験戦争に巻き込まれた私は、英語どころの騒ぎではなかったのです。 そして……次に英語に再会するのは、中学1年生の授業でした。 そこからの話は、また次回に!

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません