晴耕雨読に猫とめし
ぐつぐつな話。

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お寒うございます。 着るものにとても悩む季節が来てしまいました。 私は今、標高400メートルあまりの場所に住んでいるので、街中より3~4度、気温が低いのです。 外出するとき、今日は帽子、マフラー、手袋のフル装備で行かねばと思っても、車で山を下り、駅前の駐車場に停めて、さてと外に出てみると、「あれっ、暖かいネェ!?」となることが珍しくなく。 そのまま電車に乗ると物凄く寒がりな人みたいになってしまうので、しょんぼりしながら、せっかく持って来た防寒具の数々を車の助手席に置いていくことになります。 まあ、山の冬は寒いといっても、この30年ほどのあいだで、ずいぶんヤワになりました。 もう年の暮れだというのに、外で雑巾を振り回しても凍らないし、まだ外の水道が使えるし、雪もあまり積もらなくなったし。 あるとかないとかいうレベルから、もっとハイクラスなものまで、色々な説がちまたに飛び交う地球温暖化。 私は素人なので学術的な議論に加わることはできませんが、少なくとも私が暮らす六甲山では、冬は少しずつですが、確実に暖かくなっているように思います。 とはいえ、冬であることに変わりはないので、やっぱり寒いっちゃ寒い。 特に、朝晩の冷え込みは、なかなかの厳しさです。 家族が揃う日の夕食は、鍋ものがいいなあ、と思うほどには。 そう、鍋もの、お鍋、または鍋料理。 そうした言葉に、皆さんはどんな食卓を思い浮かべるのでしょうか。 我が家の鍋ものは、基本的に二種類だけです。 すき焼きか、すき焼き以外か。 じゃ、なくて(それはやや懐かし気味のローランドさんや)。 すき焼きか、味噌鍋か。 何故なら思い込みが激しい父が、それが最高の鍋二大巨頭だと言い張って譲らないからです。 今となってはそこまでではないかもしれませんが、昭和の民にとって、すき焼きはかなり特別なご馳走でした。 鋳物の、家族の数を考えるとちょっと小さいんじゃない? と言いたくなる丸くて浅くて重たいお鍋を火にかけ、まずは徹底的に白い牛脂で鍋肌を擦ります。 黒々した鍋の内側が油でてらってらになり、独特の豊かな匂いが立ち上ってくると、まずは父が、大きな肉を数枚、べろーんと鍋に敷き、砂糖と醤油で味をつけます。 醤油がジュワーと沸き立ち、砂糖がちょっとカラメル状になって香ばしい香りが立ったところで、まずは家族一枚ずつ、お肉を溶き卵にくぐらせていただきます。 この一枚は、純然たるすき「焼き」です。 濃い味つけに負けない、噛めば美味しい肉汁がしみ出してくる牛肉。 お酒を飲まない私は、この時点ですでに、お茶碗にこんもりの炊きたてご飯をスタンバイさせ、卵をまとった肉をのっけて食べてしまいます。 父は、残りの肉はさっと火を通して脇に寄せ、空いた場所に他の具材をどんどん入れていきます。 我が家のすき焼きには、色々入ります。 白菜、白ネギ、糸コンニャク、椎茸、焼き豆腐、エノキダケ、しめじ、麩、ささがきごぼう。 やはり砂糖と醤油で味付けし、しばらく蓋をしておくと、今度は野菜や豆腐から水分が出て、焼くというよりは、煮るというニュアンスになってきます。 自然と味付けは少しマイルドになって、お肉の脂も適度に落ち、だからこそ食べ続けることができるわけです。 私が子供の頃は、しめのうどんまで父がしゃかりきになって作っていました。 令和の世では「なんで?」と訝られてしまうかもしれませんが、昭和の家庭では、何故か「特別なご馳走はお父さんの仕事」であることが多かった気がします。 我が家も御多分に洩れず、すき焼き、鉄板焼きは長らく父の独壇場でした。 しかし、普段料理をしない人は、得てしてものすごく汚すのです。 火の調整がヘタで、油をテーブルじゅうに飛び散らせてしまったり、平気で煮汁を噴きこぼして卓上コンロをネトネトのコゲコゲにしてしまったり。 美味しく料理して振る舞ってくれるのは嬉しいのですが、あまりにも後片付けが大変なので、いつしか私がその仕事を取り上げ……もとい引き継ぎ、すき焼きについては、砂糖と醤油では味が安定しない上に味付けが濃くなりがちので、これだと思える割り下を買ってきて作るようになりました。 最近は、すき焼きも肉じゃがも、創味食品の「すき焼のたれ」をちょっと水割りにして使っています。どちらかというと甘みが強いタイプなので、好みは分かれるかもしれませんが、我が家本来の味にかなり近く、重宝しています。 しめは、昔も今もうどんです。ヤワヤワの大阪式茹でうどんも味がさっと浸みて優しい食感でいいですし、みんな大好き冷凍さぬきうどんも、レンジでさっと解凍して投入すると、こちらは味が浸みるのではなく絡むという感じで、喉越しがよくて、たいへん結構です。 何にせよ、うどんは正義。 それは、味噌鍋でも変わることはなく。 そうそう、味噌鍋といえば、数年前から我が家では、鍋つゆにプチ贅沢をしています。 市販の(華味鳥さんです)鶏の水炊き用のお出汁を買ってきて、量が足りないので水を加え、そこに味噌を溶くのです。 具材にお肉があるのに過剰なことをと、料理のプロには叱られるかもしれません。でもそうすると、野菜が驚くほど柔らかく、美味しく煮えるのです。 いいの、素人だから。入れたほうが旨けりゃ入れるの。 翌日のお昼のうどんで汁一滴残さずフィニッシュしているので、許されよ! と思っています。 味噌は冷蔵庫にあるものを適当に。だいたい信州味噌と白味噌を合わせて使います。 具材は、豚ロース薄切り、白菜、葱、椎茸、しめじ、エノキダケ、絹ごし豆腐、葛切り。 ごく普通ですが、そうした具材を綺麗に大皿に盛りつける……ことは、我が家ではありません。 鍋に出汁を張ってガスコンロの火にかけ、調理台で切ったはしから具材をぽいぽいと鍋に放り込み、台所であらかじめ煮てしまうのです。 食卓には、「いただきます」と言ったらすぐ箸をつけられる状態で供する。 それがうちの味噌鍋の掟です。 確かに、わざわざ食卓で生の食材を投入して、煮えるまで家族全員がじっと待つ……というのは、我が家のすぐ食べたい面々にはあまり向いていない気がします。 煮えるのを待つ間に家族の語らいの時間を、などといっても、全員が大人になった家族には、さほど喋るネタもないものですしね。 とにかく、仕事が忙しいとき、あれこれ作る気力がないとき、「鍋にすっか~」と言えるこの季節は、とてもよいものです。 今回が、今年最後の更新になりますね。 私は自宅で、簡単なおせちを作ったり、ゲラを読んだりしながら(そろそろ仕事納めという言葉を覚えたほうがよいのでは?)年越しをすることになりそうです。 皆様、どうぞよいお年を。 そして来年も、このエッセイにゆるくおつきあいいただけましたら幸いです。

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