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 中学校の入学式からまだ二週目のこと。真島アラタは第二音楽室で高木奏と出会った。  アラタは一年三組。奏は一組。ひと学年は三クラス。目立つ奴はクラスが違っても半年で覚えられる。特別目立つ奴は入学式の当日から話題になる。たとえば一組の鷹藤真理奈とか。アイドルみたいに可愛い子が入ってきた、と上級生までもが教室に見に行っているらしく、アラタの周りの男子もしょっちゅう話題にあげている。あげているどころか、見に行こうと強引に誘われて教室の前まで行った事もある。  ガラの良くなさそうな上級生が固まっていて、べつに一組には用がないという顔をして素通りした。先の階段を無意味に降りて、昇降口にたどり着いたところで顔を見合わせて笑ったのだった。  奏は目立つタイプでは無かった。だからアラタは奏を知らなかった。一組、と聞いた時も、例の真理奈という子がいるクラスか、としか思わなかった。  真島アラタはどの部活に入部するべきか悩んでいた。同じ小学校出身の友人の一人がサッカー部に入りたいというので見学に付き合ったが、見学者を意識して充実した練習メニューをこなして見せる先輩らの間に存在する上下関係の厳しさに、とてもついていけないと思った。それに女子マネージャーに汚れものを渡さないといけないのも、アラタの感覚からすると恥ずかしくて嫌だ。  上下関係についての意見には同意してくれた友人だが、マネージャーの件については「ジャーマネってそれが仕事だし、そういうもんじゃん」と取り合わなかった。 「でも汚れ物をさ、よく知らない他人に渡してさ、洗濯されたのが返ってくるって、不気味じゃね」 「分かんねーなー。だってそういうもんだし」 「とりあえず俺はパスだわ」  そこで会話は終わった。入部するつもりで見学していた友人は、やってきた顧問から入部届を受け取る。アラタは勧誘されないうちにと、そっとそのサッカー部の集まりから離れたのだった。  校舎の裏に回り、ひびの入った犬走りを歩く。そこにもジャージ姿の生徒が連なって走っていた。壁際によけたアラタの傍を申し訳無さそうに走り抜ける生徒たちは、運動部らしい雰囲気が薄い。トレーニング中の、視野の狭い感じ。万能感。確実に上に行けると信じている感じ。そういったものが無い。むしろどこか、走ることに自信なさげだ。  興味をひかれて集団のあとをついて言ってみれば、音楽室の前を通過するところで「五周目でーす!」と先頭が叫ぶ。後ろに続く生徒も復唱する。そこで二人一組で腹筋をしているジャージ達が「ナイスファイでーす!」と口々に返す。音楽室内からは、なにか金管楽器のチューニングでもしているような音がまばらに聴こえてくる。音は複数で、それぞれ高さが違う。  そこでアラタはランニング集団に抱いた違和感の訳に気が付いた。彼らは吹奏楽部員で、仕方なく走っている。彼らの目指すゴールに繋がるのか怪しいトレーニングだが、部としても彼らに他にさせられることがない。だから困った顔で走る。腹筋組も同様だろう。  運動部でも文化部でもこだわりは無いが、どこかには所属しなければいけない決まりになっている。自分の興味をそそり、かつ肌に合いそうな部活を探すのはなかなか骨が折れそうだ。とアラタが凝ってもない肩を回して歩きだした時だ。音楽室の隣、第二音楽室の中からアラタを呼び止める声があった。 「おーい、きみ一年ー?」  腰の高さの窓のサッシから半分身を乗り出して話しかけてきたのは、先輩らしき女子生徒だった。前髪をピンであげて全開にしたおでこに、剃って整えたらしい細い釣り眉。第一印象でヤンキーかと思った。 「なになに見学?」 「逆ナンすんなよナギ」 「してねーよ」  女子生徒はナギというらしい。彼女の後ろから男子が一人顔を出した。 「あ、一年す」 「律儀か! いいねきみ」  サッシを全開にして、ナギの隣に割り込むようにして出てきた男子がアラタを指して言う。 「人を指差すな!」  ナギが男子生徒を小突く。 「一年君ひいてるじゃん、大丈夫? ここ軽音部だけど、興味あった?」  今度は眉毛の上で短く前髪を切りそろえたボブカットの女子生徒が顔を出す。太い縁の眼鏡の奥の瞳はやや出目気味で、どんぐりのようだった。小突きあっていたナギと男子が揃ってこの女子生徒の前のスペースを開けたので、三年なのかもしれないとアラタは思った。  体育会系ほどではないゆるい序列は、先輩後輩というより他に、もっと近いものがある気がする。かしましく会話を続ける生徒達を見て、あれだ、とアラタは思い当たる。最近テレビで見た、大家族の兄弟みたいなんだ。  そう考えながら、なんとなく自分の求めていたゆるさがここにあるような気がした。入り込まなければ分からない部分もあるだろうし、すぐに辞めたくなるかもしれない。そのときにどんぐり目の三年生がその目をつりあげたところで、どんぐりの種類がちょっと変わるだけじゃないか。  アラタは、会釈といえば会釈に見える程度、わずかに首を傾けると窓に足をかけて第二音楽室に入り込む。彼らは一斉に沸いて、アラタを歓迎した。  そこにいたのは、軽音楽部の二年二人と三年一人だった。眼鏡の女子生徒がやはり三年生で、部長らしい。橘と名乗った。柑橘の樹の、と漢字を説明されてもわからないが、立花ではないということだけ分かれば十分だった。  ナギに小突かれていた男子はサノと名乗った。  その時第二音楽室に居たのはその三人だったが、アラタが訊ねるのを待たず、橘は部員の構成について説明をはじめる。部員は男八人、女五人。ただし男四人と女二人は名義貸しとか幽霊部員状態。 「ほぼ半分じゃないすか」 「いまバンドとか流行らねーのよ。ちなみに今言った部員数に君らもう入ってるからね」  入り口に近い位置まで移動してその場で椅子を引いたサノは、背もたれに腕を預けるようにして逆向きに座って言った。指を折っているところを見ると、橘の話を聞きながら部員を数えていたらしい。 「でもあまり人数少ないと部活動出来なくなっちゃうからさ、幽霊部員大歓迎なの」 「きみ一人でこんなところウロウロしてて、部活見学中?」  橘とナギが、窓からおりた位置に立ったままだったアラタを囲んで、橘は手を引き、ナギは背を押して教室の中心まで移動させながら口々に訊ねる。 「そうだったんすけど、なんか疲れちゃって」 「なんかやりたいことないの」 「ないすね」 「部に求めることは」  手を掴んだままの橘の質問が、勧誘めいてくる。橘はアラタの肩までしか身長がなく、手も子供のように小さかった。こんな小さな手で弾ける楽器はあるのだろうか。 「上下関係がキビシーのは無しで、ほどほどでお願いしたいっす」 「うちはゆるいよ」  離れたところから――といってもアラタを包囲する橘とナギよりは常識的な距離だというだけだが――座ったままのサノが声を張る。通る声だった。 「見てて思いました」  そうサノが答えたところで、三人の上級生達はどっと声をあげて笑った。  その時、教室のドアを無遠慮に開く音がして、皆一斉にそちらに視線を向けた。 「ノックしたけど、聞こえてないみたいだったんで」  入ってきた男子生徒の第一声はそれだった。  それが高木奏と真島アラタの出会いだった。

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