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 頭上から吹奏楽部の奏でる音楽が降り注ぐ。  そこに重なるように、右のほうからは剣道部の気合の入った声。  更に左からは、野球部やサッカー部の怒号にも似た掛け声が内耳を刺激する。  僕、伸之、そして柑奈の帰宅部三人は、そんな対極の青春謳歌組の合唱地帯を自転車で抜けると、学校の外へと飛び出た。   ――のが、大体三十五分前。  で、今僕達がいるのは《ひだまりハイム》三階の廊下。  つまり僕の部屋に行く途中だった。    その経緯はというと、伸之と柑奈の「久々に行ってみたい」との唐突な要望があったからなのだけど、その時点で僕はこの二人の邪な念いに気づくべきだったのだ。  僕はまるちぃ――黄瀬さんの住む三〇五号室を一瞥したのち、通り過ぎる。  部屋にいるのか、あるいは留守なのか気になりはしたけれど、だからといって何かするわけでもない。  そういえば、四日前にゴミ捨て場の前で遭遇したあとは、黄瀬さんとは会っていない。  ただ、部屋の中から微かに物音がしたり玄関や窓を開ける音も聞こえたりするので、住んでいるのは確かなようだった。 「ふーん。ここに例の推しメイドが住んでるんだ」  当然のように興味を示す柑奈。  でも僕同様にそれ以上どうこうするわけでもなく、三〇六号室へと到達。  じゃあ伸之はといえば、黄瀬さん部屋の前に突っ立ってドアをじっと見ていた。  その伸之は膝をかがめると、ピースさせた両手の指を横にして目の脇にあてる。  すると―― 「スキル、透視スペシウム・サーチッ!!」  中二病を発動させた。  ドアに向かって大声で。 「ばか、何やってんだよっ、部屋にいたらどーすんだよっ」 「無理か。どうやら強力な結界が張られているらしい」 「は、早く来いっ。もし出てきたら説明とか面倒だからっ」  僕は、次のスキルを使おうとしているメタボオタクを横からヘッドロックすると、自室へと引き摺っていく。  部屋の中に放り込むとドアを閉めた。    僕はドアに顔を寄せて、耳をそばだてる。  十秒ほど経っても三〇五号室に動きはない。  どうやら黄瀬さんは留守か、あるいは気づいていないらしい。  ほっと胸を撫で下ろす僕。  もう一度伸之を叱っておくかと部屋に視線を向けると、三〇五号室と三〇六号室とを隔てる壁に右手で何かを押し当てている柑奈が目に入った。  左手にはトランシーバーようなものを持ち、耳にはイヤホンを付けている。 「……何やってんだ? 柑奈」 「コンクリートマイクで収音中」 「は?」 「うん、どうやら留守みたいね。なんの音も拾えないから。彼氏でも連れ込んでよろしくやってれば、それはそれで面白かったのに。てゆーか模様替えした? なんか左右逆になってない?」  僕に補聴器で盗聴しているのではと疑っておきながら、補聴器以上の文明の利器で傍受を実行している柑奈。  そこに邪欲を満たそうとする意図はないのだろうけれど、決して良いこととは言えない。  模様替えについての問いは適当に「うん、まあ」と流して、僕は先を続ける。 「バカなことは止めとけよ。プライバシーの侵害だろ。でも柑奈、お前、そういう趣味あったのかよ」  それと、なんでそんな物持ってんだよ。 「別に趣味なんかじゃないし。イッキーが熱を上げている推しメイドだからってだけ。……でもそっか、留守か。よーし」 「よーしってなんだよ? 留守ならどうする気なんだよ」 「どうするって、もちろんピッキ――」  そこで、部屋の中だというのに風が肌を撫でる。  なんでだと風が来た方向に視線をやると、ベランダの窓が開いていた。 伸之がベランダに出て、となりの三〇五号室を覗いているのも一緒に見えた。 「ほう、初夏の風に乗ってやってくる、メイド少女の芳醇で清廉とした、且つ萌え萌えとした香り。たまらんですな、これは」  あいつ……ッ。 「お、お前って奴は覗くやつがあるかよっ」 「いや、大丈夫だろ。柑奈氏の言った通り、人の気配はないし。むっ、カーテンの隙間から見えるあのピンク色のはもしや、聖域(サンクチュアリ)を守る魔法の絹ではっ!?」 「お前、本当にいい加減にしろって!」  僕はほとんど出ることのないベランダへと飛び出すと、でっぷりと太ったアキバ体型野郎を部屋の中へと蹴って押し込む。  ピンク色のなんとかを頭から追いやりながら。 「げふっ」  そして窓の鍵を掛けるとカーテンを閉めた。 「例えいなくても覗くなんてダメだ。大体、お前二次元の女の子にしか興味ないだろ。なのに何やってんだよ」 「いっちゃんの好きなメイド娘ってなったら別だろ。ズッ友として、まるちぃがどんな子なのか気になるんよ、うん」 「だからって今のはなしだ。次やったら、ズッ友は解消だからな」 「りょ」  啓礼のポーズをする伸之。  反省しているのかしてないのか分からない伸之はさておき、やけに静かな柑奈は今度は何をやっているのかと焦って振り向けば、そこにいたはずの幼馴染はいなかっ た。  と、僕の部屋の玄関ドアが閉まる。  外に行ったのだろうか。  外――なんで?  そこで僕は柑奈の最後の言葉を思い出す。そのあとの続きを想像すると嫌な予感が体中を巡った。  僕は急いで外へと出ると、右を見る。  案の定、柑奈が三〇五号室の扉をピッキングで開けようとしていた。 「ねえ、いっちゃん。この可愛いタオル何? もしかしてまるちぃのベランダからゲットしたん? スーハースーハー……いや、繊維の匂いしか……ん? どったの、肩震わせちゃってさ」  お前ら、ホントにいい加減にしろよおおおおっ。

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