僕はリュックサックからポスターを出したりはしない
第2話 幼馴染のアイドルコスプレイヤー

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「イッキー、見っけ」 「うわっちょ……ッ」    後ろから首を絞めてくる女子生徒。  いや、後ろから抱きついて首にぶら下がる女子生徒が正しい。  どちらにしても苦しいわけで、僕はその知ってる女子生徒の手を振りほどくと咳払いを繰り返した。 「やっほ、イッキー」 「か、柑奈かんなお前なぁ、それ止めろっていつも言ってんだろ」   「え? そうだっけ? それはいいとして明日一緒にフォレラン来てくれるよねっ?」    柑奈が下から僕を覗き込む。  その距離は三十センチほどの密接距離。  さっきの抱きつきもそうだけど、彼女はパーソナルスペースに対する遠慮がない。      僕は一歩下がると一般的な会話域まで離れた。    水樹みずき柑奈。  快活で裏表のない、まあ、美少女と形容しても誰も首を横に振ることはない、僕の小学校からの幼馴染だ。  その目鼻だちの整った端正な顔立ちは、背中まで伸ばした栗色のストレートヘアも相まって、ちょっとしたアイドルでも通りそうである。    あ、こいつはあの界隈じゃすでにアイドルだったか。 「ごめん、明日は《にくフレ》行くから無理」 「無……え? ちょっとノブリンっ。説得しておくって約束だったでしょっ?」    急に柑奈の矛先が伸之に向けられる。  当の伸之はというと、また寝ぐせ頭を掻きながらこう口にするのだった。 「い、いや、今からいっちゃんを説得しようと思ったら柑奈氏が来たんよ。もう少し遅れてくれば俺のユニークスキル、絶対零度の交渉術フローズン・ネゴシエーションが発動してたんだな、うん」 「それ、昼休みに出しておいてくれない? ソルティ・M・シフォンサンドの限定3Dマウスパッドはなしだからね」 「そ、そんなっ、ソルティたんのおっぱいが……柔らかおっぱいが……」    伸之の態度がおかしかったのはそういうことか。 《カンナが誘うといちいち渋るからお願い、ノ・ブ・リ・ン》とかなんとか言われて、説得を頼まれていたのだろう。  どちらにせよ、僕が首を縦に振ることはないのだけど。 「伸之に説得されたところでどっちみち明日は無理だ。明日は《にくフレ》で、まるちぃが僕を待っているからな」 「いや、別に待ってないっての」  伸之に突っ込まれたところで、柑奈が呆れたようにため息を吐く。 「はいはい、まるちぃね。熱を上げるのはいいけど、勘違いは注意だよ」 「か、勘違いって何がだよ?」 「ノブリンと一緒。まるちぃっていうメイドは別にイッキーを待ってなんてない。ぼっちのオタクが来たくらいにしか思っていないんだから」 「ボッチのオタクとか言うな。お前達、僕の友達じゃんか」 「どっちみち一人で行ったらぼっちのオタクじゃん」 「まあ、オタクはボッチが似合うから別にいいんじゃね? うん」  伸之が強引なまとめ方をして、この話は終わった。 「ね、来週の日曜はっ? なんか予定ある?」  と思ったら、妥協を手土産に延長戦を始める柑奈。  勢いでこられたこともあり、僕は逡巡することもなく正直に答えてしまった。 「いや、予定は今のところないけど――」 「ないのねっ。じゃあ、同伴の予定を入れておいて。嫌だからって、あとから別の予定を入れるのなしだからね」 「な、なんだよ、それ。僕の予定表に勝手にフォレランって書き込むなよ。もしかしたら予定があって、今忘れてるだけであとで思い出すかもしれないだろ」 「言い訳とかみっともな。……そうだ、これから家でスマッシュシスターズやっけど、柑奈氏も来る?」 「ううん、今日は止めとく。明日のイベントのためにやることあるから」 「言い訳って違うだろっ。ちょっと待て。今すぐ思い出すから――あ」  柑奈は伸之のお誘いを笑顔で断り僕の制止を無視すると、「じゃあね」と手を振って反対方向へと歩いていく。  口をポカンと開けて後ろ姿を見送っていると「誇れよ」と伸之が呟いた。 「え?」 「誇れよ、いっちゃん。柑奈氏は正真正銘のアイドルコスプレイヤーだぜ。そんな柑奈氏が幼馴染とか、マジで誇れよっ」  僕のほうへと振り向いて口角泡を飛ばす伸之。  僕は眉間に皺をよせて精一杯、不快感をあらわにすると、言った。 「違うよ。僕達の友達の柑奈がアイドルコスプレイヤーになったんだ。それだったら誇れる」 「ああ。うん、そだな」  柑奈が突き当たりの角を左へと折れる。  風になびく艶やかな髪の毛が全て見えなくなったとき、僕達は踵を返した。

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