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「商品価値的にも去年がピークっつってたけど、実際はそんなことなくて今年も《ラブ・ドライブ!》一色だよな。この調子ならアカシロ歌合戦も出ちゃうっつー超展開もあるんじゃね? どう思う? いっちゃん」    昼休みの学校の屋上。  僕と伸之はスクールカースト中・上位連中の邪魔にならないように、隅っこでパンをかじりながら駄弁っていた。  話題は、車を美少女化したアニメ《ラブ・ドライブ!》であり、僕も信之もそのアニメのファンだった。    若者の車離れに歯止めをかけるために自動車メーカーが手を組んだこのプロジェクトは、非オタの若者だけではなく僕達のようなオタクたちにも歓迎され、結果として車の売り上げも伸びたとか。  比例するように痛車も増えているけれど、その手のイベントも其処かしこで開かれるようになって、どうやら《ラブ・ドライブ!》関連の株は好調らしい。 「いや、超展開でもなんでもないだろ。映画があれだけ受け入れられたんだし、流れ的にはそれしかないって」 「つってもなー、人気ナンバー2のドリブンガール、アウトプレッサちゃんが実車のほうで燃費不正水増ししちゃって活動自粛とか、現在進行形の黒歴史かっつーの」 「大丈夫だろ、あそこは大手スポンサーだし、実際テレビ局もその話題を避けてる。個人的には、大創業祭のときにしれっと活動再開すると踏んでるけど」 「闇落ちキャラ化してか? 逆に尊いかもしれんな。あの幼児体型のちっぱいが汚い 言葉で罵ってチェーンソーを振り回すとか」 「それはそれでウケるかもな」 「だな」 「おい、そこのオタク二人っ」  僕はその胴間声に驚いて体をビクッと震わす。  伸之も同じだったようで、伸之は小さな両目を見開くと二重顎をブルンッと揺らした。  ゆっくりと声の主へと振り返るとそこには、 「アハハ、二人していい反応っ。カンナだよ。え? もしかしてDQNだと思った? アハハハっ」  柑奈がいて、彼女はお腹を抱えて笑っていた。 「お、お前なぁ」  安心した瞬間、怒りが込み上げてくる。だからと言って柑奈に何かするわけでもなく、「くだらないことするなよなっ」と叫んでパンに思いっきりかじりついた。  伸之と言えばほっとした顔で、大量に浮き出た額の汗を拭っていた。 「ごめんごめん、思ったよりもドスが効いちゃってさ。でも本当にビビり過ぎ。オタクってなんでそんなにDQNを怖がるんだろ。何? 遺伝子に組み込まれてるの?」 「柑奈、それ偏見だろ。確かにそういった一面はあるけれど、全てのオタクがDQNを怖がっているわけじゃない……と思う」  言い切れなかった。  普遍的なオタクだと思っている僕自身がヤンキーであるDQNを怖がっているのだから、ほかのオタクだって同じだろうという思考ゆえに。  つまり、僕が怖がっているのだからほかのオタクが怖がらないわけがないという理論。    そこまで間違った理論ではないはずだ。  事実、リアルでも創作物でもDQNを怖がらないオタクを僕は見たことがない。  その一例である伸之が口を開く。 「ま、DQNだってオタクを怖がることがあるんだし、ここはドローということで。ところで柑奈氏、何しに来たん? いつもは教室で食べてるのに。ブロマンスな俺といっちゃんの邪魔をしたくなったとか?」  いや、怖がるの意味が違うだろ。  それとブロマンスって確か、《男性同士の強い連帯感(ホモ・ソーシャル)》を示す言葉だったよな。  多分、いや絶対違うぞ。俺達ただの友達だからな。  と胸中で訂正してやったとき、柑奈がしゃがみ込んで僕を見詰めた。  しかし相変わらず距離が近い。  第三者が見たらそういう関係なのかと勘違いするほどだ。僕は頭を後ろに下げる。 「なんだよ?」 「朝、ノブリンに聞いたんだけどさ。イッキーの部屋のとなりに推しメイドが引っ越してきたって本当? それを聞きに来てみました」  僕は伸之を見る。  すると伸之は「ごめん、言っちゃった」と謝った。  とはいえ僕は別に怒っちゃいない。隠すことでもないからだ。  伸之が暴露しなければ、僕が言っていただけの話である。 「ああ、本当だよ。それは間違いない」  柑奈の表情が一瞬、固まったような気がした。 「ふーん。で、そのあとは?」 「そ、そのあとってなんだよ?」 「例えば、聴診器を壁に当ててその子の声を聴いたり、例えば、ベランダに出て干してあるパンツを盗んだり、例えば、ピッキングで部屋に侵入して添い寝したりだけど」 「はぁっ!? 何言ってんだよっ、そんなことするわけないだろっ。大体、後ろの二つなんて犯罪じゃないかっ。本当、何バカなことを言って――」 「イッキーってその推しメイドのことが好きなの?」  柑奈を纏う空気が変わったのを感じた。  その視線は僕の両眼を吸着するかのように離さない。  その場しのぎの適当な答えが許されないような、そんな気迫すら覚えて僕はたじろいだ。 「す、好きだよ、まるちぃのことは。だって週一で《にくきゅーフレンズ》に通っていて彼女が来たタイミングで注文してるくらいなんだから。好きじゃないと普通そこまでしないし……てゆうかそれは柑奈だって知ってるだろ」 「うん、知ってる。つまりイッキーは、その子ではなく、その子が演じているまるちぃが好きってことでオッケーですか?」  黄瀬さんが演じているまるちぃが好き――。  それを聞いて僕は、少なからず衝撃を受けた。  勝手に同一視してまるちぃを黄瀬さんに重ねていたけれど、言ってしまえば別人みたいなものなのだから。  事実、黄瀬さんに、まるちぃが持っている晴れやかさはない。  それは黄瀬さんが、ただ仕事のためにまるちぃを演じているだけにすぎないことを如実に表しているような気もした。 「ああ。僕が好きなのは黄瀬さんじゃなくってまるちぃだよ」  僕は複雑な心境のまま、柑奈にそう伝えた。  柑奈はどこかほっとした顔を浮かべると立ち上がる。  すると「うんうん、まるちぃが好きなら、そのキセさん? の部屋に侵入したりしないよねっ。じゃあまたあとで」などと一方的に述べて去っていったのだった。 「いっちゃん」  僕と柑奈のやり取りを黙って見ていた伸之が、僕の名を呼ぶ。 「なんだよ?」 「柑奈氏でいいんじゃね? やっぱり俺そう思う。いっちゃんは柑奈氏で筆おろしするべきなんだよ」  伸之はいつになく真剣な顔で、そんなアホなことを口にするのだった。

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