豚だった男
第3ブー 訪問者

 居酒屋での事件以降、中島は、仕事を無断欠勤し、家に引きこもり続けた。  仕事関係の人からの電話やメールは、全て拒否する設定にしたので、自分が今どういう状況にいるのか、自分は会社をクビになったのかどうかも分からない。  人と接することがなくなると、中島の中の豚は、ますます大きくなっていった。あるいは、別の言い方をすると、中島の中の人間が、ますます小さくなっていった。  例えば、鳴き声。  最初は、人間の言葉を喋っている時に少し豚の鳴き声が混ざってしまう程度だったが、今では、豚の鳴き声の方がメインになり、人間の言葉が出てくるのは、ごく稀になってしまった。  そのごく稀に出てくる人間の言葉も、「あぁ」とか「えぇ」といった簡単なものばかりで、難しい言葉は、意識しても言えないまでになった。  それから、歩き方。  ある日、無意識のうちに四足歩行の状態になっていたことに気づいた中島は、慌てて二足歩行に戻ろうとしたが、どれだけ頑張っても戻れなかった。  やがて四足歩行の状態が快感になり、気づけば、一日中、四足歩行で過ごしていた。  今では、自分がかつて二足歩行だったことを忘れてしまうほど、四足歩行が当たり前の状況になった。  そして、中島は、服も着なくなった。  鏡を見てみると、そこにいるのは、少しだけ人間に似たである。今の状態の中島を見て、彼を人間だと言う人は、一人もいないだろう。  中島は、自分がどんどん豚になっていくのを感じ、絶望し、叫んだ。 「ブヒブヒ!ブヒー!」(あぁ、人生終わりだ。いや、俺に人生なんて最初から無かったのか。俺は豚なんだ。人間としては生きられないんだ!)  と、その時、 ドンドンドンドン!  玄関の扉を誰かが強く叩いた。 「ブヒブヒ?」(誰だ?俺を連れ戻しにきた同僚か?)  中島が無断欠勤をし始めた直後は、中島の家を知ってる同僚たちが、中島を会社に連れて行こうと、中島の家にやって来て、扉をドンドンと叩くことがあった。  中島は、彼らに応じなかったものの、彼らの中島に対する思いを聞き、涙した。  だが、いつの間にか、中島の家を訪れる人もいなくなっていた。    久々の訪問者は、中島にとって嬉しかった。  しかし、中島は、今では、完全な豚になっている。こんな姿を見せるわけにはいかない。  中島は、何と言われても無視すると決めていた。  しかし、聞こえてきたのは、 「ブーブー!ブヒブヒブー!」  なんと、豚の鳴き声だった。  中島は、びっくりした。  家の前にいるのは豚なのか?いや、豚には扉をドンドンと叩けない。けど、この鳴き声は、人間のモノマネなんかではない。本物の豚だ。  中島は、恐る恐る返事をすることにした。 「ブーブーブー?」(お前は、誰だ?)  すると、 「ブーブーブヒブヒブー!」(君の味方だよ!)  と返ってきた。 「ブーブヒブー?」(本当なのか?) 「ブヒブーブヒブヒ!」(本当だ!信じてくれ!)  会話ができてる。扉の先にいるのは、本物の豚で間違いない。  中島は、勇気を出して、扉を開けることにした。 ガチャッ  扉の先にいたのは…… 「ブ!ブヒブヒ!」(しゃ、社長!)  なんと、会社の社長だった。    

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