おはようロボットと少年
アイちゃんとハイル
作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。
「おはよう」 声が聞こえてきた 声の感じからして5、6歳くらいの男の子だろう 私は目を開き、男の子と同じ言葉を返した 「おはよう」 男の子は満面の笑みを浮かべて 「お返事してくれた!!すごい嬉しい!!」 嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた 可愛らしくて、つい笑ってしまう 「おお!笑ったな。本当によく出来てる」 男の子の隣に立つ男性が興味深そうに、私を見ていた 男の子と容姿が似ているから、男の子の父親だろう 「はい!!なにしろ現代科学の粋を集めた最新ロボットですので!!歩行も可能です!!一点物なので、早い者勝ちでございます!!」 私の横に立つ男性が笑顔で、父親に言った どうしてだろう 男の子が浮かべたのも、この人が浮かべたのも、同じ笑顔な筈なのに、全く別の物に感じた 同じ笑顔でも男の子の笑顔を見ていたい 不思議だ。いつか理由を知れる日が来るだろうか 「一目見ただけでは人間と区別がつかないし、声にも違和感がなかったな そういえば、おはようしか言えないらしいがおはようございますに変更できないのか?」 「申し訳ございません……おはよう以外の言葉に変更は不可能でして」 「大事な息子にロボットごときがタメ口をきくのは気に食わんが仕方ないな」 「僕、おはようの方がいいよ!!」 変わらぬ笑顔を浮かべる少年を見ていると、胸が暖かくなる そんな機能は、備わっていない筈なのに 「そうか!そうか!ハイルが気に入ったなら買おう!」 よかった。これでこの男の子と、ずっと一緒にいられる 「ありがとうございます!!それではこちらの契約書にサインをお願いします」 「ハイルはもう字を書けるかい?」 「うん!書けるよ!!外国の文字だって書けるんだ!!」 「さすがハイルだ!!俺に似て賢い子だな!!それじゃあここに名前を書いて」 「大人の方しか契約できない決まりでして」 「息子のためのロボットなんだが?」 「決まりですので……」 「仕方がないな」 父親がため息を吐きながら、書類にサインした この瞬間、父親が私の主人になった ロボットにとって、主人の命令は絶対だ 父親と男の子が喧嘩をしても、私は男の子の味方をできないのだ そう思うと、とても悲しくなった 人はこういう時に泣くのだろうか 「なんて呼んだらいい?」 男の子が私の目を見て言った 「ICRS-831が商品名ですが、呼ぶとなると長いですね」 「じゃあ、アイちゃんって呼ぶね!」 アイ、良い名前だ 私が笑うと、男の子はさらに嬉しそうな顔をした 「ロボットごときに名前をつけてやるなんて、ハイルは本当に優しい子だな!!」 「よろしくね!!アイちゃん!」 壊れるまで、この男の子のために生きよう 私が言える言葉は、おはようだけだけど その分心を込めて、おはようと言おう。そう心に誓った 5年経っても、ハイルは毎日おはようと言ってれた 私も毎日笑顔で「おはよう」と返した たった4文字の言葉だけれど、言えば言うほど愛おしくなる この言葉だけが、私と君を繋いでくれるから ある日、私たちは買い物に行った たくさんの人間と人型ロボットが歩いている 5年の時を経て、人型ロボットは一般家庭にも流通するようになった 機能も進化して、人と充分に会話できたり、荷物を持てたり、走ったりできる 先程からたくさんの人型ロボットとすれ違ったが、人に荷物を持たせているのは私だけだった 「やぁ、ハイル君。偶然だね」 ハイルと同じくらいの背丈の少年と、男性の人型ロボットが現れた 少年は偶然と言ったが、何度も何度も私の視界に入っていた 話しかけるタイミングを探していたんだろう 「ルイ君。偶然だね!何してたの?」 ルイという名前には聞き覚えがあった 最近ハイルと仲良くなった、少年の名前だ 学校の話は勉強のことしかしなかったハイルが、初めて口にした友達の名前 ハイルに友達ができたことは嬉しいけれど、少しだけ寂しかった 「ハ、ハイル君とその……え、映画……」 「ん?」 私は聞き取れたが、ハイルは聞き取れなかったようだ 「……ぼ、僕のことより、ハイル君はなにをしていたんだい?」 「……意気地無し」 ボソッとルイの隣に立つ、男性の人型ロボットが言った 「うるさい!」 二人の間には、暖かい空気を感じた。 こういう関係を、喧嘩するほど仲がいいと言うのだろうか。 「僕は服を買いに来たんだ」 「そうなんだね!隣にいるのは、ロボットだよね?どうして荷物を待たせないんだい?」 「アイちゃんには物を持つ機能が無いからね。でもこのくらい自分で持てるよ!」 「随分古い、ロボットなんだね」 「うん!ずっと一緒にいるんだ!!」 ハイルは満面の笑みで言った 自分の機能が他のロボットより劣ることが、ハイルに申し訳なかったけれど、その分、ハイルと一緒にいる時間が長いということなんだ おはようしか言えないなら、色んな気持ちをおはように乗せよう きっとハイルになら伝わる 「どんな服を買ったんだい?」 「これと、これと、あとこれ!」 そう言ってハイルはスカート2枚とワンピース1枚を袋から取り出した 「え!?!?!?」 ルイはひどく驚き 「ハ、ハイル君にそんな趣味が……いや、でも今の時代珍しくないからね。僕はそういうのに理解があるから大丈夫だよ」 「何言ってるの?これはアイちゃんの服だよ」 「……ハイル君でも、冗談言ったりするんだね」 「冗談じゃないよ」 「ロボットの服なんて、1着あれば十分だろ」 「アイちゃんは可愛いから、色んな服を着て欲しいんだ!アイちゃんは服を着ると笑顔になるんだよ!」 たしかに服は好きだ でも真剣な表情で、私に似合う服を探してくれるハイルを見るのはもっと好きだ 「ロボットに可愛いなんて、ハイル君変だよ。それに荷物も持てないような古いロボットなんて、早く買い替えた方がいいよ」 「アイちゃんを傷付けること言わないで!!!!」 「僕は良かれと思って……」 「ルイ君がそんな酷いこと言うなんて、思ってなかった!!ルイ君なんて大嫌いだ!!」 そう言ってハイルは私の手を掴み、歩きだした 「だ、大嫌い……」 ルイがその場に座り込む ハイルが私の為に怒ってくれたのは嬉しいけれど、ルイが言ったことは間違ってない おはようしか言えないロボットなんて、私以外にもういないだろう 当時は最先端だった私も、今ではガラクタ同然だった こんな私と一緒に居たら、ハイルは奇異の目で見られる ハイルは私を捨てた方が幸せになれる そんなこと随分前からわかっているけど、ずっとハイルと一緒に居たいと願ってしまう ハイルが泣き腫らした目で私を見つめて 「アイちゃん。おはよう」 と言った 私も「おはよう」と返す いつものように笑えなかった 「アイちゃん笑って……何があっても僕が守るから」 ハイルはそう言ってくれた それでも笑えなかった   それから3ヶ月程が経った、ある日 家の中を歩いていると、ハイルの両親がリビングにいた 「ハイルのことなんだが」 ハイルに何かあったのかもしれないと気になって、立ち止まった 「あんなガラクタと町を歩いていたら、恥をかくだろう。せめて家だけにしないと」 「私も言ってるけど全然聞かないんですよ!」 「………………こうなったら壊すしかないか」 「何もそこまでしなくても……」 「もしいじめにでもあったらどうする!?今の時代、低所得者でも、もっと良いロボットを持っているぞ!!最新のロボットを買うと言っても、あれがいいと言って聞かないんだから仕方ないだろ!!」 「…………たしかにそうですね」 「壊して埋めてくる。ハイルには突然いなくなったと言っておいてくれ」 「…………分かりました」 これで良いんだ ハイルの両親の言う通り、私と居たらいつかハイルはいじめられるかもしれない 私のせいでルイと喧嘩させてしまった 私はハイルの未来の足枷になる 今ここで壊れてしまった方が、ハイルは幸せになれる でも無意識の内に歩き出した どれだけ急いでも人間の早歩きくらいのスピードしか出ないけど、少しでも遠くに そんな努力も虚しく、すぐに捕まってしまった 「お前なんて買うんじゃなかった」 そう言って、父親は私を鈍器で殴った 痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!! 機体の損傷自体に痛みは感じなかったけれど、ハイルとの別れが近づいていることを思うと、心が痛んで仕方なかった 「ただいまー!」 ハイル来ないで そんな願いも虚しくハイルは私を見た 「…………アイちゃん?」 私は今見るに堪えない姿をしているだろう 「ハ、ハイルどうして!?いつもはもっと遅いじゃないか」 「なんでこんな酷いことするの!?!?アイちゃんを治して!!!!」 「これだけ壊れたらもう修理は……そんなにこのロボットが気に入ってるなら、そっくりで機能も最新のロボットを買ってやるから」 「いらない!!!!アイちゃんじゃないと意味ないよ!!!!」 ハイルはそう言って、私の側に駆け寄った 「アイちゃん死なないで…………」 そんなに泣かないで 私はハイルの笑顔が好きだよ せめてその涙を拭ってあげられたらいいのに 私にはそんなことすらできない 伝えたいことがいっぱいあるのに ありがとうもバイバイも愛してるも何一つ言えない だけど 「………………お……は……よ……………う」 ハイルにはきっとこれだけで伝わる 「アイちゃん……………」 私と君のたった1つの言葉 だんだんと目が閉じていく 「アイちゃん!!!!アイちゃん!!!!アイちゃん!!!!」 私はずっとハイルの幸せだけを願っているよ 最期に目にしたのが君の顔で良かった 暗闇の中で君が私の名前を呼ぶ声だけが、ずっとずっと聞こえていた
応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません