作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「波紋砲」  カイが両手をグルリと回し、その手を前に押し出すと同時に、ノエルから閃光の塊が放たれる。  カイは無表情に周囲を眺めながらも、体だけが動いている。  対戦相手も少しは名の知れたプロゲーマーではあるが、カイの脳内にその名前は刻まれてはいない。 『YOU WIN!!』  開始からものの二○秒で片が付いた。カイの無表情は変わらない。こんな弱者を相手にしても喜びも熱狂も感じることはできない。渇いた心に僅かな潤いを与えるかのように、カイはグビグビと水を飲んだ。 「以上よ」  カイは先程言われた言葉を繰り返す。  カイの脳内では、あのやり取りがこびり付いていた。  あの達磨は、バグのことを何かしら認識していたような素振りだった。さらに言えば、「幽霊」という言葉を聞いた途端に態度が豹変した。バグと「幽霊」の間には何らかの関係があるはずだ。カイはそう結論付けている。  しかし、何の関係があるんだ。そこがサッパリわからない。今、考えたところで、情報が少な過ぎる。  そう言えば、とカイは思う。あのパートナーの男、名前を何と言ったか。 「フラン……シタイ……違う。フラン、フラン、フラン、ケン……」  カイは男の名を思い出そうと声に出す。 「おい、お前。勝負に集中しねぇと痛い目見るぜ」  新たな対戦がいつの間にか始まっていた。カイは何も考えてはいなかったが、反射のように動いていた自分に気付く。 「あぁ、ごめんよ」  カイが思い出したかのように足を床から素早く放し、そのまま勢いよく蹴り上げた。 「烈風鳳凰脚」  その声と同時にノエルが空中に向けた三段蹴りを繰り広げる。防御の僅かな隙間にノエルの攻撃が入り込む。対戦相手は、見る見る間にグロッキー状態となり、最後の一撃を空中で浴びせられた後に、しこたまに地面へと叩き付けられ、そのままノックダウン。 『YOU WIN!!』  ナレーションが華々しくカイの勝利を祝う。 「……マジかよ」  名の知らぬ対戦相手が呆然とする。まさか負けるとは思わなかったという声だ。カイからしてみれば、まさか勝てると思っていたのかという驚嘆がある。そんな不届な輩のプロフィールへ目を落とすと「チェスター」という名前に目が行った。 「フラン……チェスター……」  カイの脳内でバシッとシナプスがハマる音がした。 「あんがとよ、チェスターくん」  突如として礼を言われた対戦相手は、何事かはわからなかったものの、照れ臭そうに「お、おぅ」と返事をする。対戦相手がそう返答をした時には既に、カイは別のエリアへと向かっていたのだが。 「フランチェスコ」  カイが例の男の名前を呼び出す。 『Error 1020。対象ユーザーへアクセスできません』  エラーコードを眺めながら、カイは「エレナ」を呼び出す。 「ふーん。確かになんだか匂うわね」  事の経緯を聞いたエレナも顎に手を当てながら考え出す。カイが呼び出した当初は、「ハッ。お子ちゃまでちゅねぇ、カイちゃま。幽霊なんてものに怯えちゃってぇ。ぷぷぷ」とふざけた顔で笑っていたが、カイの話を聞くに従い、その顔も真顔へと戻っていった。 「エレナにしかできないことだと思ってる」  カイがそう締めると、エレナは満更でもない顔でにやける。 「ふーん。カイが土下座をして、涙まじりに懇願するなんて、珍しいこともあるものね」 「おい、行動を勝手にでっちあげるな。俺は今、ラーメンを啜っているだけだ」 「アンタ、それが人に物を頼むやり方だと思ってるの」 「相手が人だと思ったら、もっと真っ当にすると思う」 「ほら、そうでしょう。普通はもっと丁寧に……って、アンタ今なんて言った」  カイは少し悩んだ後に、再びズズズとラーメンを啜る。レンゲで白く濁ったスープを掬い、ゆっくりと唇へと近付ける。それから、フーフーと熱を冷まし、スープを口に含もうとするも「あちっ」と言って、また熱を冷ます。 「いや、アンタ、なんで優雅にスープまで啜ってるのよ。聞いてたの、アタシの話を」  ゴクッとスープを飲み干してから、カイはカチャリとレンゲを置いた。 「エレナ、真剣に話してるんだから静かにしてよ」 「ぐぅ。なんでアタシが騒いでるみたいになってるのよ……まぁ、いいや。面白そうな話も聞けた訳だし。で、何をしたいのさ、君は」 「幽霊探し」 「アンタ、まさか本当に幽霊だなんて信じてる訳じゃないでしょうね」 「まさか。エレナじゃあるまいし」 「アタシがいつ信じてると言った」  カイはエレナの返しに答えずに、録画していた映像を流す。 「ここがバグ発生ポイント」  それは、あのルードラ山脈をチェックしていた時の動画だった。  エレナも目を細めながら、その映像を食い入るように見つめる。  そうこうしているうちに、ノエルが光とも闇とも虹色とも表現し難い色のモザイクの中に消えていく。  そこで映像が途切れる。しかし、ザザザ、ガガガ、といったノイズ音や虹色に輝く発光体が大きく画面に映し出されていた。 「あの空間に入ってからは映像が途切れているんだ。でも、俺が会った発光体が最後に記録されていた。つまり——」 「つまり、セキュリティのロックが強いエリアに入り込んだ、ということね」  カイがコクリと首肯する。「それに」とエレナは付け加える。 「この虹色のモザイク。これは……人、の動きにも見える、わね……」 「そう、そこなんだ。これは……ヒトだ」  エレナはゾクっと身震いをした。恐れからなのか興奮からなのか、彼女自身にもそれは判断が付かなかった。 「カイ……幽霊探し、やろうじゃない」  エレナはスープを味わうかのように、ゴクリと喉を鳴らした。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません