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 二人は目の前に聳える軍事施設かのような物々しい警備が施された建物を見上げる。  このような施設を造る必要は全くない。本社施設を「T」の内部に造るなど馬鹿げている。仮想は所詮、仮想に過ぎない。バーチャルがリアルに置き換わるはずがないんだ。  これは「T」の創業者であるグレイソン氏がアトランティス社の取締役会にて糾弾された言葉として有名だ。  だが、この言葉だけが有名な訳ではない。価値のある発言だと世間に捉えられているのは、続くグレイソン氏の発言だった。 「現実は既にバーチャルに侵食されている。我々は、人類の進化のためのチケットを手にしている。私は、そのチケットを行使したくはないと思う諸君らの気持ちも理解する。しかし、我々は進化しなければならない。我々は、融合しなければならない。我々は、未来を創造しなければならない。我々は、掴み取らなければならない。人類の進化のために。私は、ここに宣言する。我々は、バーチャルで生きる最初の人類、いわば、新人類となるのだ、と」  今でこそ「仮想新人類宣言」として有名なこの発言も、当時は取締役会どころか、世論からも受け入れられることはなかった。  しかし、氷の女王だけは、グレイソンのことを拍手で迎え入れた。  その後、グレイソンは創業者兼筆頭株主の力を最大限に活用し、自らの意見に反対した取締役をことごとく粛清した。組織的、社会的、肉体的、精神的、それらの手法は厭わなかったとされているが、実際のところは誰も触れることができない。触れてしまえば、自身も同じ目にあうという恐怖が蔓延した。  新しい取締役は、バーチャルリアリティにおける未来を信じている人物に据え変わった。そう言えば聞こえは良いが、その内実は、全てにおいてグレイソンの言を盲信する者たちの集団である。  その中にあって、唯一グレイソンへ意見を述べることのできる「Frozen」が重宝され、かつ、順調に勢力を伸ばしていったことは想像に難くない。  その氷の女王が鎮座する重要拠点であるアトランティスグループのラグナロク支社は、グループの社員ですら簡単に出入りできる場所ではなかった。  そこで何が行われているのかは、一部の人間しか知ることのないトップシークレットだと噂されるが、ラグナロク内に拠点があるということは、あまりにも有名であった。  その拠点にたどり着いた二人は物々しい重厚な扉を前に立ち尽くす。 「さて、これをどう突破しますか、ね」  エレナはそう言いながら、リアル世界にてキーボードを叩く。ものの五分で心臓部へのルートを開拓した手練れは、欠伸をする間も無く、軽々と道を拓く。さすがのウィザードといったところだ。 「道がなければ、作ればいい。扉が開かなければ、穴を開ければいいじゃない」  現代に蘇りし奔放娘様は、二十一世紀の未来からやって来たロボットの道具を彷彿とさせる丸穴を作る。 「さぁ、潜入捜査の開始よ」  エレナが「フォローミー」と声を上げる。一方で、主導権を握られ続けるカイは、少しだけ不貞腐れた顔をしていた。丸穴を進むエレナの尻尾が、ふわふわとカイの顔をくすぐることすら、カイには不服だった。  その不貞腐れた顔は、丸穴を抜けると呆気に取られた間抜け顔へと変わる。カイは口をあんぐりと開け、辺りを見渡す。  丸穴を抜けた先に誰かがいたという訳ではなかった。より正確に言えば、エレナの他にも誰かはいた。しかし、それはアトランティスグループの社員ではなかった、というところだろう。  カイが呆然としている中、先にこの光景を見ることになったエレナもエレナで、自身の鼻と唇に右の人差しを置き、親指を顎に付けたまま固まっていた。声を出さないでという意味のジェスチャーにも見えるが、これはただのエレナの癖である。何か考え事をする時にエレナは、シーッというポーズを取る。 「エレナ、これって……」  カイが驚きを孕んだ声を出す。そこには驚き以外にも恐怖という感情が込められていたのかもしれない。カイは「これ」の後を続けることができなかった。 「えぇ……これは、アバター達ね。捕らえられ、自由を奪われた」  二人の目の前には、アニメやSF小説などで見るような円柱型のポッドのようなものが幾つも配置されていた。その中には、アバターが閉じ込められている。エメラルドグリーンの謎の液体の中に浸されて。 「この中に、アイツがいるってこと……なのか」 「可能性はゼロとは言い切れないね」  誰かに見つかることを警戒しながらも、二人はこの空間を散策することにした。散策といっても、エレナの作った丸穴からあまりにも離れ過ぎるのは得策ではないと考え、せいぜい四○から五○メートル程度までとする。  つまり、この空間はそれ以上に大きいということになる。しかし、それ程に大きいというのに、ギッシリとポッドが敷き詰められている。その姿は、あまりにも異様といわざるを得ない。ここに鎮座するその全てのポッドにアバターが詰め込まれているかどうかは、遠目にはわからないが、ザッと百はくだらない数がいると思われる。 「なんだか、薄ら寒い所だ」 「カイちゃまには、少々刺激が強かったでちゅかねぇ」  エレナが茶化したが、エレナ自身も鳥肌が立っていた。カイとバカ話でもしていなければ、弱音を吐きそうになる空間だった。 「この光景で刺激がない奴がいたら、そいつは人間じゃねぇよ」  決して繊細とは言えない二人だが、この空間にいて平然とできる程に神経が図太いわけではない。  エレナもカイの発言を受けて、自分の心が弱っていることにようやく気付く。 「カイ、今日は帰ろう……」  エレナがそう言った矢先、カイが「あ、あ、あ……」と声を出す。まるで幽霊でも見たかのようなその声に、エレナは心臓が速くなるのを感じた。  遂に「幽霊」と対峙することになるのかという複雑な感情を抱え、エレナはカイの視線の先を追う。 「コンスタンチン……」  こんな時でも名前を覚えられないカイらしいと思うと、エレナは少しだけ平静を取り戻す。 「フランチェスコ、ね……やっぱり、ここにいたね」 「エレナ、一度戻ろう……」  カイのこんなにもか細い声をエレナは未だかつて聞いたことがなかった。いくら強がっていたとしても、いくら(元)天才ゲーマーと称されたとしても、まだ年端もいかない少年なのだよな、とエレナは思う。 「うん、帰ろう。体制を立て直そう。敵は想定以上に危険なようだぞ、カイ隊員」  それがわかっただけでも今回はよしとしようじゃないか、とエレナがまとめる。  カイはコクリと首肯する。 「あら、帰っちゃいましたね。もう少しで鼠取りに引っかかったはずなのに」 「素敵なショーが見れないのは残念だ」 「初めから捕まえてしまえば良かったじゃないですか。甘いんですよ、子供に」 「いやいや、君こそわざわざこんな施設を作って人が絶望に沈む姿を見ようなんて、相変わらずの趣味だよ」 「その企みについて、最終的に決裁を通したのは、貴方ではありませんか」 「ふふ。それはそうだね。僕はね、楽しければ良いのさ。楽しいことが一番」 「まったくもー。誰が一番悪趣味だって話にゃんだよにゃあ」 「次の楽しみができたということで良しとしようじゃないか。なぁ、みんな」  カイとエレナの様子を眺めながら、複数人が楽しむ声が部屋の中に響いていた。

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