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「カイくん、君は昨日どこで何をしていたか教えてくれるか」  偉そうに髭を生やす達磨のような顔をした、実際に偉い立場の人物——名前はよく覚えていない——に、カイはやんわりと、それでいて逃げ場のないような詰問を受けているところだった。  目の前——といっても「T」の中にある社員限定サーバなので、物理的に対峙しているわけではない——にいる達磨は、自身の顎髭を触りながらカイの返答を待っている。  目の前の男は達磨のような顔をしているが、それもアバターである。実際の姿は「正しくエリート」とは彼女のような存在を言うのだろうという風貌をしている。容姿端麗眉目秀麗才色兼備とは、彼女のことを指す言葉に違いない。 「昨日は、途中から具合が悪くなって、ずっと家で寝てました……すみません」 「私は、君がデバッグ作業を途中放棄し、そのまま戻らなかったことを責めてはいない。具合が悪くなるまでの話を聞きたいんだ」 「そうですか……昨日は、あー、名前なんて言ったっけ。あの『自分の理想を形作りました。でも、自分とは正反対のタイプです』みたいな主人公のライバルっぽい見た目をした優男アバターを使ってる男——」 「……フランチェスコくんだ。君は何度も組んでいるはずだが」 「あぁ、アイツそんな名前なのか。名前の割に頭は空っぽな感じがしますね」 「……先を続けたまえ」 「そう、そのフランチェ……」 「フランチェスコ」 「フランケンさん」 「フランチェスコ」 「……そのフランなんちゃらさんと一緒に『ルードラ山脈』エリアのチェックを行っている時に、バグらしきものを見つけたので、その探索をしていたんです」 「あぁ。確かに君からの報告は受け取っている」 「それで、そのバグポイントに行ってみたら、案の定、変な空間に飛ばされたんですよね。仕様にあんな場所あったかなと思うような場所でした」  達磨男は「ふむ。続けたまえ」と手を前に出し、偉そうに先を促す。言われなくとも続けるつもりだったカイだが、続けろと言われるとどことなく反抗したくなる性質を持つ。 「そうそう。そういえば、『T』って出るらしいじゃないですか……幽霊が」  カイとしては笑い話のつもりで口に出したのだが、達磨は顔からひっくり返るかのような勢いで目を大きく見開いた。先程までの淑女というに相応しい声色ではなく、目の前の達磨そのものかと思うようなドスの効いた声が、あたかもカイの隣にいるかのような臨場感を伴って流れてくる。 「おい、貴様。それを誰に聞いた」 「え、いや……俺たちデバッガーの間では有名な——」 「噂話だ。ただのな。それ以上でも以下でもない。だが、その話をお前は誰から聞いた」 「……フラン、ケン、さん……でしたっけ」 「フランチェスコか。なるほど。ありがとう。この件は以上だ」 「あ、終わりですか」 「以上だと言っている。君は『以上』の意味を知らぬ訳ではあるまい。英語で言うならば、『ザッツオール』だ。それ以上でも以下でもない。わかったかな」  穏やかでいて、有無を言わさない口調の達磨に対し、カイは「失礼します」と頭を下げ通話を切る他なかった。冷や汗というのか、カイの体はじんわりと湿っていた。 「偉い奴、怖ぇ」  カイは冷えた体を温めるように部屋のカーテンを開ける。強い日差しが差し込むこの部屋は、日中になると既に夏のような暑さをしている。おかげで昼間でもカーテンを閉める癖が付いてしまっていた。 「以上で、今回の報告をおわらせていただきます。消息を絶っていたトゥルーマンの行方が朧げながら見えて来ましたね。グレイソンさん」 「うん、ありがとう。いやぁ、わがままな子供たちを持つと親としては大変だねぇ」  ふふふと正しくエリート然とした姿の女性が笑う。 「それで、今回、接触者と思われるカイについては、どのような処分をなさいますか」 「あぁ、いいよ。彼は将来有望な若者じゃないか。子供を持つ親としてはね、若者の未来を無碍に摘み取るような、そんな真似はしたくないんだ」 「なんとお優しい。親心という物ですね」 「うん、そうだね。僕もね、子供の親になってからだね、こうやって若い世代の未来を考えるようになったのは。いやぁ、経験したことのないことは、一度は経験してみるものだね。経験してみなければわからないことだらけだよ、世の中というものは。だからね、誰もが経験できるように、誰かが実験できるように、子供たちが失敗から成功を生み出せるように、僕は『T』を作ったんだよ」 「えぇ、すばらしいビジョンです」 「じゃあさ、カイくん……だっけ。彼は今回は不問として、監視だけは引き続き怠らないようにお願いして良いかな。今はそれくらいかな。それ以外の人たちは、君の好きにしちゃっていいよ。彼らはもう子供じゃないんだしね。大人達は自己責任というやつさ」 「承知しました」  グレイソンは「バイバイ」と手を振り、部屋を後にする。  その姿を見送った女性は、右耳を軽く抑えイヤホンに付随するマイクに対し声を発する。 「想定通り、彼らは用済みということだ。カイだけは、我々の監視下に置くように。この件は以上よ」  ハイという部下の声を聞きながら、彼女はコーヒーに口を付ける。「随分とぬるいわね」と底の見えない真っ黒なコーヒーを見ながら呟いた。

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