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 さて、これからどうしようかと二人は作戦会議を行っている最中だった。  場所はエレナの作ったあの鬼難易度のゲームの中。せっかくの神殿が見るに耐えないほどにボロボロになっており、エレナは辺りを見渡すと胸が痛む。このような仕打ちは、アタシ自身を汚されたと同義だと憤る。 「いずれにせよ『レイラ』って奴を見つければいいんだろ」 「簡単に言うけど、そうそう見つかる相手じゃないでしょ」 「俺たちは二度だか三度だか相手をしているわけだろ。そのうち見つかるって」  カイはそう話すが、実際にそれが「レイラ」だったのかは不明だ。トゥルーマンではあるとは思うが、「レイラ以外の」トゥルーマンの可能性もあるとエレナは考えている。  フィーウィー曰く、「トゥルーマンは一人であり、無限でもある」ということだ。ただし、プロトタイプであるレイラは一人きりだと言っていた。  そうなると、レイラは独自の進化をしている可能性が高いと考えられる。フィーウィーとは異なる目的を持っていてもおかしくはない。 「そう簡単に進むほど、人生は単純じゃないのよ、坊や」 「なんだよ、それ。だって、ほら、見てみろよ、アレ」  エレナはノエルが指差す方を見る。その光景を見て、エレナは絶句する。  そこには、虹色の揺らいだ閃光がバチバチと輝いていた。その閃光が世界を歪ませ、通り過ぎた後には真っ黒な空間が作られていた。  あの閃光がトゥルーマンであるという保証はないが、確証が二人にはある。一方で、こんなにも付け狙われる謂れがさっぱりとわからない。 「アイツらは、なんで俺たちばっかり狙ってくるんだろうねぇ」 「知らないわよ、そんなこと」 「ストーカーは犯罪です、ってね」 「アンタ、なんでそんなに余裕なのよ」  エレナが焦りつつ、臨戦態勢を整える。整えるといっても、何度対峙した所で対処法など思い付くことはない。 「だって、エレナと一緒だから」  カイは臆面もなく言うと、手首や足首をグルグルと回し始める。 「作戦も何もあったもんじゃないわね」 「違いないねぇ」  二人は笑いながら、戦闘へと突入する。慣れたものだとエレナは思う。どうせ今回も負けるんだろうけどさと頭の中で思いながらも、それでも、カイと一緒ならば勝てると直感が唸っている。 「にゃっはー。青春だにゃ」  猫も唸る。  辺りが虹色の閃光で包まれ、エレナは吐き気を覚える。偏頭痛に悩まされているエレナにとって、虹色の閃光は頭痛の合図のようになっている。それを思い出してしまい、どうにも気が散る。どうせ襲われるなら真っ黒のブラックホールに攻め込まれる方がまだマシなのに。 「チッ」  エレナがつい舌打ちをする。 「舌打ち一回に付き——」  ニヤニヤ顔のノエルが見える。「チッ」と再びエレナは舌打ちをしてしまった。 「はい、二回目」  ノエルが軽い口調で言う。 「今日、このまま死ぬかもしれないからね。今のうちにやっといてもらいましょうか」  緊張が見えやしないが、カイだって恐れている。エレナはそのことに気付き、少しだけ目の前の靄が晴れる。 「はい、失礼しました。ノエル、様。これから気をつけます。ノエル……様」 「歯切れが悪いなぁ。最初に言ってきたのはエレナの方じゃん。舌打ちする癖を治したいから、舌打ちしたら言ってくれ、って。指摘されたら『様付け』で呼ぶからって」 「チッ。未だに覚えてるとはね。さすがだよ、ノエル様」 「良い心掛けですよ、エレナくん」  二人が敬称を侮蔑のように付けていたタイミングで、閃光がいよいよ攻撃を開始する。  前回同様に異様な速さでコードが書き換わっていく。同時に地表に突如として突起が現れたり、地表が抉れたりする。  優れたエンジニアのことをウィザードと称すが、まさしく魔法のような攻撃を繰り広げてくる。  しかし、迎え撃つエレナも超ウィザード級と言われている。だが、その基準は人間相手だ。AIを相手にしてしまえば、エレナはひよっ子というに等しいレベルだろう。  エレナが閃光の弄ったコードを修正する。しかし、その修正の上書きをするかのように、閃光がコードを変更していく。 「追い付かない」  エレナが叫ぶ。それでも、手と頭は高速に動き続ける。頭で考えているのか、手で考えているのか、その両方なのか。エレナのタイピング音は止まることなく、より速く正確になっていくようだった。 「追い越せ」  ノエルが無理を言う。無理を承知しているというよりも、無理だということを認識していないというのに近しい。  だが、ノエルの動きを見てしまえば、決して無理だと言える状況ではない。  ノエルは、いつどこに何が発生するかもわからないようなゲームステージで、ミスなく相手に近付いていく。仮に一度でも操作を誤れば、一瞬にしてお陀仏となるような状況にもかかわらず、その判断と動きの的確さにエレナは舌を巻く。 「俺のこと見てるなんて、余裕じゃん」  エレナは答えずに、指先に最大限の神経を集中させる。エレナが一文字でも押し間違えれば、ノエルのプレイ難易度は格段に跳ね上がる。これ以上の難易度になれば、ノエルですら対応ができるかは怪しい。 「よし、見つけた」ノエルが叫ぶ。「エレナのゲームはバグばっかでありがたいねぇ」  その言葉にエレナは反射的に答える。 「あたしのゲームにバグなんてものは存在しない。バグがあるとすれば、アンタただ一人なのよ」 「お、それはデバッガーとしては褒め言葉だと思っておきましょう」  そう言うが早いか、ノエルの姿が消える。  同時に閃光の動きも止まる。 「エレナ、今のうち」  ノエルの声だけが、ヘッドセットを通して聞こえてくる。  閃光の手——実際に手があるわけではないだろうが——が止まっている。  エレナはここぞとばかりに反撃の狼煙を上げる。閃光を捕まえるためにできることを仕込む。  AIを捕まえるとは、一体どうすれば良いのか。フィーウィーと対峙した時からエレナはずっと考えていた。 「どうすればいいんだにゃ」  猫が一緒に悩んでいた。 「簡単だよ。始めの発想に戻せばいいんだ」  エレナは答える。 「始めの発想にゃ」 「アンタらをウイルスだと見做すってこと」  そう言うとエレナは、突貫工事で用意していたソフトを使うことにする。 「にゃにをー。ボクは人間だにゃー」  猫の癖に減らず口が達者だこと。エレナはそう思いながらも、罠を仕掛けていく。  閃光が止まっていた時間は、実際には僅か数十秒というところだったのだろう。それでも超ウィザード級と称されるエレナには必要十分の時間だった。  数秒のフリーズの後に、再び閃光が動き出す。同時にコードが物凄い勢いで変更されていく。その度に、地形が変わり、見たこともないアイテムなどが生成されていく。しかし、そこにノエルはいない。  アタシのゲームでバグを見つけるのは、いつだってカイだけだった。そんなアイツは、今回もバグを見つけたと言っていた。閃光の猛攻を受けながらも、バグを見つけ出すとは、アイツこそ人間ではないのではないかとエレナは思う。アタシの周りは、どうして「人ならざる者」がこんなにも集まっているのか。 「お前も大概だけどにゃー。ボクたち相手に対抗できる人間がいるとは思ってにゃかったにゃ」  猫から褒め言葉なのか、嫌味なのかどうとでも取れるコメントが来たが、構ってあげる余裕は今のエレナにはない。 「お待たせ、いたしましたー」  ラーメン屋の出前のような登場をするのは、ノエルだった。しかし、声はすれども姿は見えず。あの閃光すらもノエルの位置を探すことに戸惑っているようだった。 「エレナ、座標は」  相変わらずノエルの声だけが聞こえる。  座標というのは、エレナが罠を仕掛けた位置のことだろう。しかし、それを伝えてしまっては罠にはならない。どう伝えるべきか。エレナは悩む。 「バカにゃのかにゃ、お前は。電話しろにゃ」  その通りだった。エレナは「T」の音声をミュートにし、電話を操作する。音声操作設定にしておいて良かったと安堵する。  ノエルの動きが一瞬止まる。電話を取っていたのだろうと思われる。だが、閃光がその隙を見逃すはずもなく魔の手が伸びる。それでも、ノエルはその攻撃をすんでのところで避ける。 「んだよ。今、集中してんだよ」 「アタシだって一緒だよ。あんな『T』の中で座標なんて伝えたら、敵にバレバレでしょ」 「……まぁ、そうだな。で、場所は」 「仕掛けは二つだけ。座標で言うと、A-36-p-99とA-43-Qt-4」 「ふーん。面白そうなところに仕掛けたね。やるじゃん」 「何様よ」  それからの返答はなかった。二人は通話こそ切ることはないが、そのまま無言でプレイを続ける。話している余裕がない状態に追い込まれているということだ。 「チッ」 「舌打ち」  注意するのはエレナだった。ノエルにしては珍しく大きなミスをする。ノエルは、閃光の攻撃を初めて真正面から喰らってしまった。脇腹が抉られる。  だが、それはノエルのミスという以上に閃光が仕掛けた攻撃が秀逸だったとも言える。ノエルの動作の癖を確実に学習している。このまま戦闘が続けば、二人の勝率が下がる一方だ。 「まだなの。早く」 「見りゃわかんだろ、やってるよ」  ノエルは体勢を立て直しつつも、劣勢に立たされる。このままでは罠のポイントに誘導するなどできっこない。  ノエルが窮地に立っている一方で、エレナも追い込まれる。仮にも天才と称される二人だが、その二人を相手にしてなお余裕がある閃光のことを、エレナは苦々しく思う。エレナはどうにか挽回の機会を狙うが、閃光には隙という隙がない。先程の数秒の停止が奇跡だったと言っていいだろう。 「にゃー。今回もダメそうだにゃ」  猫の暇そうな声が脳内に響く。  暇なら手伝えってんだ。こちとら猫の手も借りたいんだぞ。エレナは心の中で悪態をつく。 「猫の手がほしいのかにゃ。でも、手がにゃい猫もいるのにゃ」  少しだけ寂しそうな声を出すものだから、エレナは罪悪感を覚える。いや、待てよ。エレナはそう思う。借りてしまえば良いのか、この猫を。  しかし、とエレナは考える。本当にそれをしても良いのか。それをしてしまっても、再びアタシに戻れると断言できるのか。 「えぇい。悩んでいる時間がもったいない」  エレナはついぞ叫んだ。その声は電話越しのカイにも届く。カイは突然の大声に驚き、ビクッと体を震わせた。  その叫び声の数秒後、エレナのタイピングスピードが格段に増した。本当にタイピングをしているのかと思わされるほどの速度だ。 「エレナ……」  カイは閃光の攻撃を避けつつ、絶叫したエレナの心配をする。自分のことだけで精一杯なんだけどなと思いつつも、突然の咆哮はさすがに気になった。 「にゃんにゃー。今、忙しいにゃー」  その声は確かにエレナではあったが、口調はエレナのそれではなかった。  その口調を、俺はどこかで聞いたことがある。カイはそう思う。封じ込められていた記憶の扉が、開くことを感じる。 「お前は、あの時の猫……」 「そうにゃ。エレニャに頼まれちまったからにゃ。猫の手も借りたいって。しょうがにゃい。それにゃら、手伝ってやろうというもんにゃ。あ、お前、ボケッとするにゃ。やられるぞ」  カイは猫が現れたことの衝撃に耐え切れず、瞬間的に呆然としていた。猫に言われ、間一髪のところで閃光から避けることができたが、それがなければ、今回は一発でやられていたことだろう。 「ほら。早く誘き寄せるにゃ。エレニャが頑張って仕込んだわにゃに。お前にゃらできるんだろ。エレニャがにゃんのために、ボクと入れ替わったと思ってるにゃ。エレニャの犠牲を無駄にするにゃよ、人間」  「犠牲」という言葉を聞き、カイは唸る。 「……エレナはどうしたんだ」 「だからにゃ、人間。お前は他人の心配をする前に、目の前のアイツを倒すのが先決にゃのだよ。ほれ、気張るんにゃ」  カイは歯を食いしばる。今すぐにでもこの猫をぶん殴りたい。しかし、それは後にしよう。今はエレナの仇討ちの時間だ。  カイは未だかつてない程の集中力を発揮する。相手の動きや地形の変化がゆっくりと思えてくる。ゾーンと言われるやつなのだろうとカイは思う。エレナが生きている間に、なぜ俺は本気にならなかったんだと後悔の念が押し寄せ、涙が溢れそうになる。 「怒ったり、呆然としたり、にゃいたり、にゃーにゃーにゃーにゃー、うるさい奴だにゃあ」 「お前に言われたくはにゃい」  噛んだのか口調が移ってしまったのか、いずれにせよカイの顔が赤みを帯びる。 「照れるにゃって、同志よ」  猫の発言を無視して、ノエルは閃光を罠へと誘き出す。そういえば、地形の変化や謎のアイテムが出ることも少なくなった。相手のトゥルーマンをやり込みつつある。これが猫の力なのか。エレナがいくら凄いと言っても、やはりトゥルーマンには敵わないのか。カイはそれを思うとやるせない気持ちになる。  だが、おかげで閃光を誘い出すことができている。エレナの仇は俺の手で——  ジジ、ジジジジ、ジジジ…… 「よし、ひっかかった」  いよいよノエルが罠のポイントまで閃光を導くことに成功した。何やら波状の光が閃光を捕まえたまま離さない。閃光は身動きが取れずにいる。  カイはようやく一息吐く。エレナがどんな罠を仕掛けたのかはわからないが、これで閃光も大人しくなるだろう。エレナ、仇は討ったぞ。  ノエルが感慨深げに虚空を見つめている中で、猫は動き続けていた。つまり、閃光の攻撃は止まっていないということだ。 「バカ。まだ終わってにゃいにゃ」  猫がノエルを罵倒する。  同時に、閃光を捕縛していた光の輪が消える。 「第二回戦の始まりにゃ」 「……マジかよ」

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