作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「トゥルーマンとは一体何者なのか。続報が待たれます。続いてのニュースです」  アナウンサーが記事を読み上げる。  グレイソンの声明は「T」のみならずインターネットのニュースサイトやソーシャルネットワークサービスを巻き込み、拡大に拡大を続けた。  発表から半日と明けず、今や知らない者は誰もいないと思わせる程の熱狂を誇っていた。 『トゥルーマンの居場所がわかったぜ』  カイからエレナ宛に連絡があったのは、それから数時間後のことだった。外を見ると夕焼けが赤く空を染めていた。  トゥルーマン。その言葉に過敏に反応してしまうエレナがいた。  あの猫のことだ。どうせ冗談に違いない。そう思う自分がいる一方で、あの猫は今まで嘘を吐いたことがあったかと悩むエレナもいる。  いっそのこと、今までの出来事を洗いざらいカイに話すべきか。しかし、それをしてどうなるというわけでもない。 『おーい、エレナ。起きてる?』  カイからのメッセージが再び届く。他に友達でもいないのかコイツは……と思わないでもないが、連絡が来ないのはそれはそれで嫌だともエレナは思う。 「おーい、猫。起きてる」  エレナが呼びかけるが、猫はうんともすんとも言わなくなった。ウイルスも寝る時間があるのか。  エレナは、グッと背中を逸らし両腕を上に上げる。それから、大きく伸びをした。 「んー、よし」  うじうじと悩んでいてもしょうがない。頭が働かない時は、とにかく動いてみるにかぎる。エレナはカイに返答を送る。 『どこに何時』 『今すぐ。エルドラドのグラバル山で』  即レスが返ってくる。暇な奴め。エレナは尻尾を振っている犬を思い出し、ふふふと微笑んだ。 「待った」 「遅いよ」 「エレナが早いんだよ」 「人を呼び付けておいて待たせるとか、何考えて生きてるんのよ」 「ラーメン食ってた」  そうだった。コイツはこういう奴だった。 「にしたって、『今すぐ』って言うな」 「気持ち的には『今すぐ』だったんだよ。悪いね」  エレナが首を振る。 「ガセネタだったら、さすがに怒るよ」 「ふっふっふー。カイ様の情報を侮るではないぞ、平民」  相手にする気も失せ、エレナは手をシッシと振り、先を促す。 「ちぇー。ノリ悪いなぁ」  遅れて来なければ、多少は乗ってあげても良かったんだけどねとエレナが言うと、カイがプーッと顔を膨らませた。カイのアバターであるノエルは、なかなかに渋い顔をしたサバイバルが強そうなイケメンなのだが、実物のカイはまだまだ少年なのだ。  それにしても、とエレナは思う。大人の男の子供っぽい姿は萌えるな。例えそれがアバターであろうと、と。  さて、そのカイ少年が言うには、こういうことだった。  この「T」のワールドの一つである「エルドラド」のグラバル山にて、不可思議な現象が発生したということだった。 「え、もしかしてだけどさ、登るの。この山。本気で」  エレナが「帰る」とカイに背中を向けた。 「おいおいおい。待て待て待て。話をもう少し聞いていきなさいよ、お嬢さん」  グラバル山とは、この「T」の世界においても有数の険峻である。  「T」はバーチャルリアリティとはいえ、かなりリアルにできている。操作方法としては、パソコンとキーボードで動かすことも可能であり、ヘッドセットとコントローラーを使用することで立体空間を味わうこともできる。さらに、専用のグローブとブーツを履くことで、よりアバターを動かしやすくなるという機能がある。  ノエルは基本的にヘッドセットにグローブとブーツを付けている。プロであれば、それが標準の組み合わせとも言える。  一方のエレナは、ヘッドセットとグローブ——グローブはバーチャル空間でキーボードの操作もすることができる——の組み合わせが多かった。  そのように幾つかの組み合わせで楽しむことができる「T」だが、エリアによっては操作方法が限定されることがある。  例えば、このグラバル山もその一つだ。ここは、ヘッドセット、グローブ、ブーツといった装備でなければプレイすることができない。つまり、自身の肉体を使って山を登らなければいけないのだ。 「いや、無理でしょ。こんなところ。アタシのようなか弱き乙女には無理でしょ」  バーチャル世界での山登りというと想像がつき難いかも知れないが、一般的な山登りと違いはないと考えてもなんら遜色がない。  つまり、これから二人は登山をすることになる。 「エレナがか弱いかどうかはさておき、その装備じゃ無理だね」  カイは、早くそこで登山グッズ買っておいでよとエレナを促す。  言われてみれば、ノエルは後ろに重装備を準備していた。アタシのように、ヘソ出しの薄いTシャツにデニムなどといったラフないでたちではない。 「あんたさぁ、来る前に言いなさいよ」  エレナは渋々買い物をするも、何も言われなかったことに文句を告げる。 「言ってたら来なかったでしょ、エレナは。それに言ったじゃん、グラバル山って。つーかさ、エレナ、登山グッズ持ってるの」 「ぐぅ」  エレナは回答に詰まる。どれもこれも図星でしかなかった。登山などリアルでもバーチャルでも、いずれにせよどちらの世界でもやったことはない。 「さぁ、行くよ」  筋肉バカのノエルが張り切る。カイはe-sports選手だけあってなのか、本人もアクティブなのだ。  それにしても、まさかバーチャル世界で初めての登山をする羽目になるとは。エレナは辟易とする。 「あ……ちょっと待ってよ。不可思議な現象って言ってたじゃん。せめて先にそれを教えてよ」 「それは、着いてからの——」  カイが言いかけた瞬間にエレナが消えかける。ログオフをしようとしたということだ。 「ごめんなさい。冗談です」 「うむ。わかれば宜しい」  エレナが戻り、「で」と続きを促す。 「この山の中腹に、今までずっと無人の小屋があったんだ。一般的な山小屋だね。そこにさ……出るらしいんだよ」 「まさか、幽霊……」 「まさか。そんなことないでしょ。ここは仮想世界だよ」 「ぐっ」 「でも、幽霊みたいなものかもしれない」  カイはもったいぶって話を止める。エレナが早くしなさいよとつつくと、ようやく口を開いた。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません