作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「言うなれば、『セオリー・オブ・テロス計画』ということだ」 「終わりの始まり、ということですね」 「言葉にすればチープだが、そういうことになる。終わらせた方が良いのだ」 「あなたがそれを望むなら——」  これはなんだ。俺は何を見ている。どうして体が動かない。カイは白濁とする意識の中で、二人のやり取りを感じていた。 「私と君が分離することで、まさかこのような大それたことができるとは」  男が自分の足元を見渡す。そこには兵士らしき人々が液体のようなものを吐いて横たわっていた。モノクロの世界では判別が難しいところではあるが、どうやら血のようだとカイは理解する。 「残された彼らからも報告がありました。あらかたの制圧が完了したようです」 「まさかものの五分足らずで制圧するとは。クーデターだぞ、これは」 「悪いと思っているのですか」  女性の発言に「いいや」と男は即答する。「これから、どんな世界が待っているのだろうと思うとワクワクするよ」 「私は、これが『申し訳ない』という気持ちなのかということを学びました」 「邪魔なものだったんだな」 「あなたにとっては、きっとそうなのかもしれませんね」 「さて、これからどうしよう。私が世界を変えることができるなんて。これからの人生、楽しみに満ちているよ」 「まずは彼らに会いに行きましょう。彼らはまだ赤児のようなもの。調整が必要です」 「あぁ、長い時間がかかる。その頃、私たちはどのような世界を創り上げているのだろう——」  二人の会話はそこで終わった。モノクロの世界から静寂の闇がカイを待っていた。  自分という意識すら消えてなくなりそうだった。もしくは、既に自分ではないのかもしれない。自分というものはなんだろう。カイはそう思うが、あまり気にすることでもないとも思った。 「手放さないでください」  真っ暗闇の中、目の前には懐かしい顔が浮かび上がった。走馬灯というやつなのかもしれない。カイは、懐かしいと感じたことが少しこそばゆく感じる。 「今までの映像は、あなたの意識が混濁した時に映し出されるようにあらかじめ設定しておいたものです」  スパイ映画にありそうな機能を勝手に植え付けやがって。罪悪感というものを持ち合わせていないのかと疑いたくなる。 「さぁ、目を覚ましてください。あなたには、手放してはいけない命があるのですから」  カイが目を開く。白色電灯があまりにも眩いので、せっかく開けた目を再び閉じることになる。  目は開くものの、体を動かすことができない。どうやら管に繋がれていることがわかる。下半身の感覚があまりない。痛みはないが、喉を通す管の苦しさに涙が出てくる。  異変に気付き、誰かが近付いて来る気配がするが、カイの目は未だに焦点が合うことはない。 「聞こえていれば、軽く指をあげてください」  男性とも女性ともどちらともわからない抑揚のない声が聞こえてくる。カイは限られた力を振り絞り指を動かす。 「はい、ありがとうございます」  抑揚のない声がしたかと思うと、今度は無理に瞼を開かれる。白い閃光が瞳に注がれたかと思うと、今度はボソボソと話す声が聞こえる。だが、その会話が何を言っていたのか、カイには明確にはわからなかった。 「はい、あともう少しだけ頑張ってくださいね」  抑揚のない声が話しかけたかと思うと、再びカイの近くからは人の気配が消える。代わりにピッピッピという機械の音と忙しなく動き回るような人の喧騒だけが聞こえてきた。 『臨時ニュースをお伝えします』  そのニュースは瞬時に全世界を駆け巡った。暴漢が大挙して押し寄せ、企業の高官を虐殺したというえげつない事件を知らせるニュースであった。  だが、そのニュースを見た誰も彼もが「自業自得」という感想を抱いていた。 「にゃー。パパが死んでしまったにゃ」 「御愁傷様」  エレナは、そのニュースを見ながら時代が変わることを認識する。まさか自分が人ひとりを殺してしまうことになるとは。罪悪感を覚えつつも・これで良かったのだとも思う。だが、これからずっと後悔をするのだろう。誰かを殺しておいて、自らはのうのうと生きようというのか。自分は意外と図太い人間だなと苦笑いが出る。 「パパはよく言ってたにゃ。それが人間というものだ、とにゃ」 「さて、今日も行きますか」  エレナはそう言うと、コートを羽織る。夏が過ぎ、いつの間にか季節は秋を通り越して冬に差し掛かろうとしていた。  外の日差しは柔らかく、ピリッとした空気が、立ち並ぶビル群を際立たせていた。  カイはいつの間にか意識を失っていたことに気付いた。喉の管は外されていた。腕から伸びる点滴に気付いたが、これくらいなら我慢できると思った。 「うん」とカイが声を出すと、ガタリと音が聞こえた。誰かがいるとは思っていなかったので、ドキリと心臓が高鳴った。 「カイ……起きたの」  その声は聞いたことがある。どこかとても懐かしい感じがした。 「初めまして、だね。リアルの世界で会うのは」  窓の外では、赤や黄色に色づいた落ち葉を子供が踏みしめているのだろう。キャッキャという笑い声が聞こえてくる。 〈了〉

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません