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「本日は時代の寵児と言えるアトランティスグループ創始者であるグレイソン氏にお越しいただきました」  開きっぱなしにしていたインターネットの動画チャンネルから、グレイソンを華々しく紹介する声が聞こえてきた。カイはその声に反応することなく、VRレンズに映る画面に集中している。 「カイ。その動きでは、まだゼロコンマ四秒の隙があります。トップランカーで居続けるためには、コンマ二秒以下に抑える必要があります」  落ち着いたその声が、当たり前のように厳しいレベルを求めてくる。しかし、その言が正しいということもカイには理解できる。 「よし、レイラ。もう一度だ」 「承諾しました、カイ」  カイは今、自室にてレイラと鍛錬を進めている。  ランドールの強い期待を背負って「ギガントマキア」に入団したカイだったが、そのサイン当日にチームは壊滅的なダメージを受けた。原因は明確にはわかってはいないということだが、少なくとも選手たちのアバターは八割方が失われ、事故に巻き込まれた選手含むチーム団のメンバーの六割が精神的ショックのため療養を余儀なくされている。  しかし、不幸中の幸いと言えるように運良く直接的な被害を免れた経営者であるランドールと分析班のフィーウィーを中心に、「ギガントマキア」は復興に向け、チームを再構築している真っ最中であった。  それが公にされている見解である。 「カイ、まだコンマ一秒縮める必要があります。私に着いてこれますか」 「当たり前だ。行くぞ」  その「ギガントマキア」の復興の要となるのが、期待を一心に集めるカイであった。  カイは「ギガントマキア」が厄災に見舞われた翌日、つまり、グレイソンと相まみえたその次の日に、早速ランドールに呼び出されていた。  そこでランドールから真実を聞いた。 「あの事故は、予期せぬものではなかった。可能性としては考慮されていたことだ。むしろ、起こるべくして起こったとも言える」  それがランドールから聞いた第一声だった。 何事もなかったかのような澄まし顔で淡々と言ってのけた。  ランドールの部屋は広々としており、物品はアンティーク調に整えられていた。使うことのない万年筆や蝋燭、高級そうなシャンデリアなどが飾られており、中世ヨーロッパを彷彿とさせる。  カイはその発言を受け入れ、続きを促す。 「ギガントマキアは、私が経営のトップを担っていることはご認識の通り。そして、私がトゥルーマンであることもお伝えした通りです。つまり、これがどういうことかわかりますか」  カイは顔を横に振る。 「やはり、カイくんにはエレナさんが必要ですね。まぁ、今はエレナさん以上に優秀なパートナーであるレイラがいるので心配する必要はないのでしょうが」  カイはレイラの声を聞こうとはしない。レイラもそのことをわかっているので、口出しはしない。  やれやれ、とランドールが苦笑いをする。エレナさんの言うことは聞くのに、レイラを頼ることはしないとは。困ったものです。ランドールが苦言を呈すも、カイはその言葉を受け流す。 「……まぁ、良いでしょう。今の段階では、受け入れることができないのも仕方のないことです。さて、話を戻しましょうか。つまりね、カイくん。私たちは『実態のない存在である』ということなのですよ」  カイは少し考え、答えを導き出す。「データだけの存在だということか」  ランドールは指をパチンと鳴らし、ご名答と言いながら手を数度叩く。 「それと事故とどういう関係があるんだ」 「焦らずに、もう少しだけクイズを続けましょう。カイくん、ギガントマキアが何のために存在するかわかりますか」  何のためも何も、e-sportsのチームとして大会で優勝するためだろう。何を寝惚けたことを言っているのだ、とカイは口にする。 「んー、確かに、表向きの理由はそうなります」  ランドールはそう言うとニヤリと笑う。  その瞬間、バーチャルの部屋の中に、スッと細い風が吹いた。高そうなカーテンが揺れる。ランドールの机の上の蝋燭が消える。  さらに、ランドールの姿が見る見るうちに変わる。顔は塗り潰され、ただ黒い涎のようなものが滴り落ちる。体は三メートルはあろうかと思う程に巨大化しており、手には八本の指と鋭い爪が見える。黒い化け物だ。 「でもね、本当の理由はそうじゃないんですよ」  先程までランドールの姿形をしていた異形のそれは、しゃがれた声で話を続ける。  なんとも安っぽい演出だとカイは辟易する。 「何それ。驚かせたいの。肝試しをしたいだけなら帰るけど」 「そうではない。これが原因だと言っているんだ」  今までランドールの姿をしていたそれは、どこか寂しそうな声でそう告げる。 「要するに……何が言いたいんだ」 「我々、トゥルーマンは実態がない。それ故に自らの形をイメージし、保っておくのが苦手なんですよ」  そう言うとランドールは再び元の姿に戻っていった。ロリータファッションというのだろうか。その衣服に身を包んだ無表情の少女が、カイの目の前に再び登場した。 「答えになっていない」 「そうですね。では、ハッキリと言いましょう。一つ、あの事故は、私が望んで引き起こしたものです。一つ、我々トゥーマンは肉体を欲しているのです」  そう言われたところで、カイの理解が追いつかはずもない。さらに言えば、仮にそれが事実だとして、それとギガントマキアの壊滅とを結び付けることができない。 「うーん。そうですね……では、こう言い換えてみてはどうでしょう。ギガントマキアはトゥルーマンのために存在している、と。ギガントマキアのメンバーは、トゥルーマンに肉体を提供するための器に過ぎない、と」  その発言にカイも反応を示さざるを得ない。「お前は、何を言っているんだ」とカイが低い声でうめく。 「言葉の通りですよ。我々トゥルーマンは肉体を欲しているのです。カイくん。あなたならわかるでしょう。フィーウィーに襲われ、グーグーに取り憑かれ、レイラを内に秘めているあなたならば」 「まさか、お前がギガントマキアのメンバーを襲ったということか。『T』の本社にアバターが無数に存在しているのは、そういうことなのか」  自らクイズだと称し、カイに謎解きを求めたランドールだったが、カイの問いには答えず、静かに笑っただけだった。 「そんな瑣末なことはどうでもいいことではないですか。大切なことは、これからどう生きるかということです」  カイは目の前のトゥルーマンを直視する。目を離せば、何をされるかわからない。 「大丈夫です。取って食おうなんてことはしませんよ。既にレイラが憑いてしまっているあなたを敵に回したくもありませんし」  ランドールはハンズアップの姿勢で敵意がないことを示す。 「さぁ、ここからはビジネスのお話をしましょう、カイくん」  一転して明るい声色で話すランドールだったが、カイは引き続き警戒をする。神経を張り巡らせ、いつ何時、どのような攻撃をされようとも対応できる状態へと意識レベルを上げておく。 「疑り深いことは良いことです。ビジネスとは騙し合いですからね。しかし、信頼関係を築くために無用な緊張は不要でしょう。大丈夫です。私はあなたの味方です」  カイは返事をせず、じっとランドールを見つめる。彼女の本心を探る。 「嫌だなぁ。そんなに見つめないでくださいよ。ふー、やれやれ。真実を伝えることで仲良くなれるかと思ったのですが、失敗してしまったようです。人間の感情というものは、どうにも難しいですね」  ランドールはボソボソと呟やいたかと思うと、唐突に声を張り上げる。 「単刀直入に申し上げましょう。カイくん。いえ、カイさん。このギガントマキアは、カイさんを中心としたチームへと再構築する予定です。そのためのメンバーを連れて参りましょう」 「……俺をエースに据える、ということか」 「その通りです。カイさんには華があります。もちろん技術も申し分ない。だからこそ、痛々しい傷跡から不死鳥のように蘇るチーム『ギガントマキア』という物語の中心を担っていただきたいのです。もちろん、その分の報酬はお支払いしますよ」 「俺に、トゥルーマンのためのスポークスマンになれ、と言うのか」 「それが何かカイさんにとっての不都合になり得ますか」 「いくらだ」  カイは即答する。 「初期のご提案の倍。追加のボーナスで最大三倍。悪くはない条件だと思いますよ」 「ボーナスの上限は五倍まで」 「わかりました。四倍まで出しましょう」  カイが手を差し出す。その手をランドールが握り返す。商談成立ということだ。 「では、契約書は後日お送りしますので」  ランドールがそう言うが早いか、カイは早々にその場を立ち去ろうとする。 「あ、その前に一つだけ」  ランドールがカイを呼び止める。 「カイさんは強いとはいえ、まだまだ粗があります。レイラに稽古をつけてもらってください。それが今回の契約の必須条件です」 「……わかった」  カイはこうして、不承不承ながらもレイラに稽古をつけてもらうように至った。  しかし、当初は渋々ではあったカイだったが、レイラのアドバイスを受けるに連れ、自身の上達がハッキリとわかるようになった。その頃には、いつの間にかレイラとの日常会話もこなす程度の仲になっていた。 「これでレイラの成長が促せますね」  ランドールは呟き、ニヤリと笑った。 「グレイソンさんは、世界中の万人が知っていると言っても過言ではない『Telos』の創業者であるということのみならず、誰も成し遂げることのできなかった人工知能の開発に成功した訳ですが、いつの間に人工知能の研究も進められていたのでしょうか」  動画チャンネルでは司会者がグレイソンへ質問を投げかけていた。  グレイソンは、今や人類の英雄として崇め奉られている。仮想空間である「Telos」をただのインターネットサイトに閉じることなく、現実世界とも深い関係のあるメタバースへと築き上げた手腕は、起業家や投資家内でも圧倒的であると高い評価を得ている。加えて、人口知能の開発である。今まで「Telos」やグレイソン本人のことを揶揄していた批評家や大衆、さらには開発者、研究者たちが掌を返し、大絶賛している。  それもそのはずで、グレイソンが解き放った三体のトゥルーマンが世界を一変させたのだ。  トゥルーマンは、まず手始めに「T」の改善から取り掛かった。だが、「T」の改善といっても、「T」本体に手を付けた訳ではない。彼等——トゥルーマンには明確な性別は存在しないが、便宜上、彼としておこう——が取り掛かったのは、VRゴーグルの改修であった。  VRゴーグルは、仮想空間で活動するために重要な機器だ。しかし、それが快適かといえば、決してそうではないということは言わずもがなであろう。重い上に、蒸れる。長時間付けるには、根性が必要な代物だ。だからこそ、彼等はそのVRゴーグルを改修した。ARグラスのようにサングラス型も流行ってはいるが、カイのように身体を激しく動かす人々は残念ながら利用勝手が悪い。  そのような状況下において、トゥルーマンが作ったもの、それはVRコンタクトレンズだった。これは初期型から多くのユーザーに受け入れられた。  さらには、その機動性の高さから「T」のユーザー以外にも多くの人々が利用することとなった。 『残念ながら、VRレンズを付けていらっしゃらないお客様のご利用はご遠慮願います』  いち早くそのトレンドの波に乗ったのは、ファッション業界であった。先のメッセージは、男女問わず人気の大手ブランド「Vegala」が打ち出した広告だ。  VRレンズ登場までは、自らのアバターのためのファッションを買うことはあったが、今度は自らがアバターとなり、装飾品としてVRデータを購入し装着することになった。  VRデータを身に纏った人々の実際の服装はあまりにも簡素であった。しかし、VRレンズを付けてみれば、誰もが思い思いの服装をしていることがわかる。  煌びやかな宝石を着けている女学生もいれば、猫耳を着けている男子学生もいる。スーツをパリッと着こなす女性も、VRグラスを外してみればTシャツにデニムという出立ちだ。  こうして、人類はリアルの世界でもデジタルデータを身に纏い闊歩ようになった。  それに伴い、無駄な廃棄物が減り、発展途上国における低賃金での雇用問題も解消した。低賃金で長時間労働を強いられていた彼らの仕事は、データを生み出すこと、もしくは、農作物の栽培が主となった。パソコンが世界全土に行き渡った結果、金融等含めたビジネスが再興し始めたのもこの頃だ。  各種企業の利益が鰻登りになったこともあり、税収豊かな国々がベーシックインカムを取り入れ、かつ、発展途上国への支援も怠らなかったので、世界は一等豊かになった。  今や、彼等AIたちの作ったコンタクトレンズを装着していない人類はいない。瞬く間にマストアイテムとなった。  さらに言えば、人々は自身の顔すらもデジタルデータで変化をさせることができるようになった。人類は現実世界でもアバターと化したのだ。本来の自分の顔を知る他人が、この世界にどれだけいることだろう。  もちろん、このVRデータを装着したのは人間だけではない。建物もVRデータを纏うようになった。いくら古い建物だとしても最新の建築物かのように振る舞うことができる。  こうして、人類は見せたい物以外を見せる必要がなくなったのだ。  その他にもトゥルーマンの功績は計り知れないものがある。  人類を長年追い詰めていた悪性腫瘍、つまり、癌を事前に検知し、根治させる技術を開発した。しかし、これはまだ百パーセント有効という代物ではないため、引き続き研究が進められている分野だ。また、同様にヒト免疫不全ウイルスによる感染症を抑え込むためのワクチンの開発も一層進んでいる。  将来この数年の間には、これらの疾病により死亡するリスクは限りなくゼロに近くなるだろうという論文が提出されている。人類の寿命はさらに伸びることになるだろうという期待と共に、健康寿命を伸ばすことが重要だという議論が頻繁にされるようになったのは、人類社会にとっても良い傾向であろう。  さらに、トゥルーマンは経済の発展についても大きく寄与している。今までの公式では当てはめることのできなかった、人類の感情と経済活動の関係をも数式化して提示したのである。これは「ダントロング連動の定理」として学会を大いに賑わせた。 「このように様々な恩恵を我々人類にもたらしたトゥルーマンの生みの親であるグレイソン氏に、もう一度盛大な拍手をお願いします」  番組の司会者が聴衆へ促すと、割れん程の拍手喝采が鳴り響く。  グレイソンはその拍手と声援に対し、片手を挙げて答える。  なお、この空間もリアルではなくインターネット上にある仮想空間である。まるで本当に観客が入っているかのような熱気を感じることができる。これもトゥルーマンの開発した技術だ。それも、たったの二時間程度で開発した機能だった。今までその開発に成功した人類はいなかったというのに。 「さて、グレイソンさん。これからどのような研究を考えているのでしょうか」  司会が予定調和の質問を投げかける。  そうですね、とグレイソンも考えるフリをする。全ては台本で段取りが決まっているにもかかわらず、演技派であるグレイソンが行うと実際に回答を考えているように見えるのだから、さすがである。 「これから人類が知るべき対象は、三つあると考えています」 「ほう、三つですか。グレイソンさんは、それを知る旅に出ていらっしゃると。そう考えても問題ないでしょうか」 「えぇ、仰る通りです。しかし、この三つを知るためには長い長い旅になるに違いありません。今生きている私たちが、その頃に生きているかどうか……」 「グレイソンさんとトゥルーマンをもってしてでも、そのような長い旅路になる可能性がある三つとは、いったいなんなのでしょうか。ぜひ教えていただきたいものです」  司会がそう言うと、聴衆もワッと沸く。  そうですか、とグレイソンは溜めを作る。本当は言いたくて言いたくて仕方ない。そんな内心をひた隠しているはずだ。 「では、せっかくなのでここだけの話にしていただければ」とグレイソンが述べる。アーカイブもある配信なので、「ここだけ」というのはありえないのだが、聴衆がどよめく。 「我々人類が知るべき三つのこと。それは我々自身のことです。母なる大地であるこの地球とこの地球上に生きる生命について、全てを知ろうと考えています。そのために、我々は陸海空、全ての生物を採取し、研究する仕組みを模索中です」  そう言うと同時にグレイソンは人差し指を立てる。すると、モニタには今まで誰一人として見たことのないような生物が複数映し出された。 「今、ご覧いただいたのは、この二ヶ月程度で採取した新種の生物です。他にもつい先程、新種らしき生物を発見したという連絡も届きました」  会場から「おぉ」という驚きの声が上がる。しかし、それだけで驚いていてはいけませんよとグレイソンが嗜めるので、聴衆は再びグレイソンの言葉を一言一句漏らさぬよう耳を傾けようと静まり返る。  その静けさの中、グレイソンは口を開く。 「では、二つ目。それは、我々人類の手の届かない天空のこと。つまり、宇宙です。我々は銀河系の隅々まで探査できる無人探査機と、宇宙旅行を可能とする有人ロケットの開発に着手しています」  グレイソンが大袈裟に手を広げる。同時に観客から怒号のような歓声が湧き上がる。その声を堪能してから、時の寵児は続ける。 「最後の三つ目です。それは、我々の過去——つまり、歴史です。我々はタイムトラベルを実現可能にしようとしています」  その言葉は観客の理解を超えていたのか、すぐには声が上がることがなかった。だが、数秒の後に一際大きな歓声となる。それは悲鳴とも似た狂騒の如き賑わいであった。  司会者もその発表に肝を抜かせたと見える。実際の台本とは異なることを伝えたのかもしれない。  そこでエレナは動画を止める。このまま本当にタイムマシンなど作られた日には、グレイソンを止めることなどできなくなる。真実の究明と野望の阻止を進めなければいけない。 「にゃにを焦ることがあるんにゃ。お前らの文明では、まだそれらを作ることは無理にゃ。あと一年から二年はかかるだろうよ」  猫がのんびりとそう唱える。まさかそんなにすぐにタイムマシンが作られると言うのか。エレナの胸はより一層の焦りを感じていた。

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