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「さぁ、いよいよファイナルバトル。優勝はどちらのチームになるのか。前回の覇者である『雷神公司』か。はたまた、悲劇の壊滅劇から不死鳥の如く復活を告げた『ギガントマキア』か。両者、一進一退の攻防の末、バトルは大将戦へともつれ込む」  カイは実況の声を聞き流しながら、相手チームの選手を見る。自分よりも一回り、もしくは、二回りも上であろうと思われる老人、のアバターが雷神公司の総大将である。  カイはランドールに言われた通り、これまでの試合では全て大将を務めている。以前の「ギガントマキア」のメンバーがどれ程の強さに達していたのかはわからない。カイは、公式戦において以前のメンバーと戦ったことがないのだ。数値だけで見れば、この急造ギガントマキアも負けず劣らずというところにあることはわかっている。だが、何かが足りない。カイはそう思っている。おそらく今までのチームの方が強かった。今のチームで名前を覚えられる奴がいない。カイは大きく息を吐く。 「オラがいないとダメなんかぁ」  カイが往年の決め台詞を棒読みする。首をグルリと回し、両手首をそれぞれコキコキと 鳴らす。 「何か言ったかの。小童が」  アバター老人がキャラになりきった台詞を述べると、会場からカイに対する野次が怒号のように飛び交い始める。 「品がないんだよなぁ。弱い犬ほどよく吠える、って諺、知ってる。あ、いや、あれって、諺なのかな。まぁ、いいや。ほら、サクッとやってあげるから、おいでよ」 「ほざけ、小僧が。血を見ることになるぞ」 「そのキャラ、演じてて楽しいの。どうせ中身はガリガリの坊やなんでしょ」 「そうやって意味もなく煽るカイも、じゅうぶんに下品だと思いますけどね」  レイラがしれっと嗜めるが、カイはその言葉を脳内から消去する。無駄なことを溜める必要ほどに裕福な記憶容量を有していない。何より、試合前に余計なことに囚われたくはない。カイは思い出すことは得意だが、その分、忘れることも得意なのだ。 「両者の火花がバチバチだぁ。では、いよいよ泣いても笑ってもファイナルバトルの始まりだ。準備は良いか、テロメア諸君。さぁ、終わりを始めよう」  実況が決まり文句を言うと、ゲームスタートのカウントダウンが開始される。その声に被さるように聴衆もカウントを取り始める。 『eins……zwei……drei……GEHEN』  アバター老人が開始と共に猛攻を仕掛ける。キックキックキック、パンチからの烈風海破斬。カイはそれを受ける以外に術がない。防御一辺倒のまま、早くも開始十秒が過ぎる。 「笑止千万。順風満帆。千客万来」  アバター老人が笑いと共に四字熟語を繰り広げて来る。対戦相手は日本人なのかもしれないとカイは思う。 「はいはい、おっくせんまん、おっくせんまん」  カイが冷めた声で対応する。寒いギャグを繰り広げていた対戦相手を瞬殺しなかったことが、カイのせめてもの優しさだった。  相手が投げの姿勢を取った。そのゼロコンマ二秒の間に、カイは発動があまりにもシビアだと言われる高難易度の必殺技を繰り広げる。その瞬間に形勢は逆転した。攻める者と守る者が入れ替わる。しかし、守る者には何が起きたかは瞬時には理解できない。理解したタイミングでは、既に終わりが始まっている。それから少し遅れて、叩きのめされる自分自身がいることに気付く。そして、気付いた時点で負けは確定している。その一秒後に地面へと激突し、白目を剥いて、試合は終了するからだ。  そのあまりの衝撃に会場が静まり返る。その攻撃が存在することは認識されていたが、実際に観た者はいない。その攻撃を使用できた者は、未だに誰一人として存在しない。怪談や都市伝説の類のようなまことしやかな噂話として認識されていたその攻撃が、まさかこのファイナルバトルの場でお目にかかれるとは誰一人として想像していなかったことだった。ただ三人を除いては。 『YOU WIN!!』  ゲームのナレーションが華々しくカイの勝利を祝う。それによってようやく会場全体が意識を取り戻したかのように、歓声に満ち溢れる。同時に、実況も声を取り戻す。 「……な、な、なんと言うことだ。なんと言うことなんだ。あの伝説と言われていた必殺技『ラグナロク・ザ・アンダーグラウンド』をこの場でお目にかかれるとはぁぁぁ。アンビリーバボー。アン、ビリー、バボー」  カイはその実況を無視して、「もう終わりでいいの。賞金はいつ貰えんの」とスタッフに聞いている。 「……ちょっと待て、貴様ぁぁぁぁぁぁ」  アバター老人が激昂する。何かのバグだ、もう一度やり直せと言いながらも、カイのことを口汚く罵る。  スタッフは「規則ですので、再戦はいたしかねます」と繰り返すも、アバター老人は一向に鞘を納めようとはしない。  それを見たカイは、再びファイティングポーズを取る。弱い犬ほどよく吠えると、再び呟く。 「やるんでしょ。早くしてよ」  カイは溜息を吐きながらもクイッと手首を上向きにして数度曲げる。かかって来いというジェスチャーだった。 「おっとぉ。駄々を捏ねている相手を見かねて、新チャンピオンとなった『ギガントマキア』の頼れる総大将カイ選手が再戦を受け入れたぁ。この場合、規程によりこの戦いで勝利したものが真の勝者ということになります。しかし、カイ選手、天晴れなファイティングスピリッツです。次回も瞬殺してやるという相当な自信の表れなのかぁぁぁ」  実況が告げると、カイに対して大きな声援が後押しする。先程までの怒号が嘘のようだ。誰もがカイを応援しているように見える。  アバター老人は息をフゥフゥと言わせ、口からはツバキのような物が多数飛び散っている。明らかに興奮しており、見事なほどの悪役に成り下がる。 『eins……zwei……drei……GEHEN』  カウントダウンが終わった。その瞬間に老人が特攻をしようとするも、未遂に終わる。なぜならば、カイが再び「ラグナロク・ザ・アンダーグラウンド」を決めたからである。 「——はい、じゃあ、もういいかな、これで。で、賞金はいつ入るのさ」  カイはまたしても何事もなかったかのように大会スタッフに声をかける。  だが、カイ以外の全ての人々がポカンとしたまま数秒の間は動くことができなかった。人類最強のバーチャルファイターが生まれた瞬間に立ち会ってしまったのだ。無理からぬことだろう。 「……な、なんと……私たちは夢でも見ているのでしょうか。これは現実なのでしょうか。我々は再び『ラグナロク・ザ・アンダーグラウンド』の目撃者となったぁぁぁ。強い、強い、強過ぎる。これが最強と謳われた『ギガントマキア』の新大将カイの実力だぁぁぁ」  呆然としていた実況が息を吹き返すと、合わせるようにして会場からは割れんばかりの歓声が鳴り響く。あまりの音の大きさに、無音なのではないかと勘違いするほど、周囲の音という音が聞こえない。 「カイ選手、今回の感想を——」  その音の渦の中、実況がカイに向かってコメントを求める。  だが、カイは会釈もせずにその場を立ち去った。「うるせぇな」とボソリと呟いたが、その言葉が会場に向かっていたのか、自身の内面に向かっていたのかは定かではない。 「カイ、ああいう態度は宜しくないのでは」 「世界大会っていうのにさ、あまりにも弱っちくて」 「弱者は保護される対象ではありますが、侮蔑的な態度を取られるべき存在ではありませんよ」 「さすがだね。弱者って明確に言い切るあたりが怖いねぇ」 「データから導き出される事実です。データは嘘をつきません」  レイラを気にすることなく、カイはゆったりと手首を回す。 『貴方は此処で死ぬ運命なの』  何度も聞いた声が流れる。 「今日もやるんですね」  レイラが呆れたような声を出した。音声データでしかないはずだが、カイにはあまりにも人間のように聞こえてならない。 「最凶のゲームを破らなけりゃ、合わせる顔がないからな……」 「現在のカイが制覇できる確率は、23.51%です」 「……だから、なに」  カイは、その一言を皮切りにゲームの世界へとダイブした。天才ウィザードと名高いアイツが作ったゲーム。俺以外にはクリアできる奴はいないだろうとアイツは言い切った。猫に取り憑かれてもなお、この世界を救おうとしている孤高の存在。それがアイツ。  その行動を、その考えを、その感情を浴びせかけられ、レイラは悩む。どうしてカイは、このゲームに固執するのか。どうしてカイは、彼女を喜ばせようとするのか。どうしてカイは、私のことを見ようとしないのか。その理由がわからない。データからも出てこない。この感情がわからない。私には存在していない。 「んー、わからない。さっぱりわからない」 「そうめげにゃいでほしいにゃー。ボクですらわからにゃいにゃ」 「なんて低脳AIなんだ……」 「低脳とはなんにゃ。ボクは二十二世紀から——」 「やめろ。それ以上は言うんじゃない。それにしても、いったいなんだっていうんだ……」  猫一匹とヒト一人がボヤく。  エレナたちが解析をしていたもの。それはグレイソンが託したチップであった。真実が隠されていると手渡されたあのチップだ。  しかし、いくら調べても何も出てくる気配がない。凡庸とした風景がちょうど三分流れるだけの映像を今まで何千、何万回と流しただろうか。風景の場所は特定した。流れる風の音を分解した。その場所で想定される匂いを解析した。光の加減を選定した。やれることはやり尽くした。少なくとも私たちはそう思っている。  それでも、答えは見つからない。糸口が一向に見つからない。 「本当にそのチップで合ってるのかにゃ。渡し間違えたんじゃにゃいのかにゃ」 「そんなバカな」と言ったものの、もしかしたらそうなのではないかと、頭の片隅にチラッと浮かんではいた。 「何度も言うが、グーグーは本当にこの中身を知らないのか」  グーグーもグレイソンのところにいたトゥルーマンだ。何かしら知っていてもおかしくはないはずなのだ。エレナはまだどこかでこの猫のことを信じきれずにいる。 「知らにゃいにゃ。知ってたら教えてあげてるにゃ。ボクはそこまでケチじゃにゃいにゃ。にゃんどもにゃんどもおにゃじことを言うにゃ。プンプンにゃんだにゃ」  猫は一息に述べたかと思うと、「あぁ、そういえば」と前言を軽く覆してくる。 「そういえば、ボクが生まれる前のことだけど、グレイソンとレイラが一人で旅をしたことがあったらしいにゃ」 「おい、猫。なぜ、今までその情報を隠していた」 「隠していたんじゃにゃいにゃ。問われにゃかったから、思い出さにゃかったんにゃ」  問われなければ答えない。AIというものの性質なのだろうか。思考ではなく、データの蓄積とそれによる予測。所詮はトゥルーマンもシステムに過ぎない。エレナはそう結論付けている。 「エレナ、それは違うにゃ。ボクらは『覚えること』ができるだけの生き物ではにゃく、『忘れること』もできる生き物なのにゃ」  忘れること。コンピュータは自らの意思でデータを忘れること、つまり、消去することはない。そのデータを忘れるよう実行された時、もしくは、プログラムされていた場合にのみ実行できる行動だ。  グーグーが言いたいことの本質は、当然そこではないだろう。自らの意思で忘れることができる。もしくは、指示がなくとも忘れることができる。それはもはや「人間と同じである」ということだ。 「では、なぜ、その情報を『忘れて』いたんだね。グーグーくん」 「うーん。わからにゃいにゃ。必要がにゃいと判断したのかもしれないにゃ」  必要ないと判断し忘れることができるならば、それは人とは違うのかもしれない。人間とは、忘れてはいけないことほど忘れていく生き物だ。忘れたいと願うことを忘れることは、どうしてもできないのに。 「それで、二人はどこに行ったというの」 「詳しくは知らにゃいけど、ちょうどこの動画の風景のところらしいにゃ。多忙を極めるグレイソンは、休みにゃく働くことで有名だけど、この時だけは三日間休んだということで、アトランティスグループの歴史的事実として語らえているにゃ。まぁ、その頃のアトランティスはグループでもにゃければ、今のような巨大企業でもにゃかったと聞いてるにゃ」 「ふーん。まぁ、グレイソンが仕事をしようが休もうが知ったこっちゃないけどさ」  エレナはそう言いつつも、どこかしらに違和感を覚えていた。二人は一体どこに行ったというの。何をしに。どうして二人だけで。そこに何かの真実が隠されていることなの。しかし、エレナの中に本当にそれが問題なのかという問いも生まれていた。何かが違う。何か違う見方をするべきではないのか。そう感じるも糸口が見つからない。 「ねぇ、グーグー。その時のことで何か知っていることはない。二人の旅を機に、何か今までと異なることがあったとか。大きな違いじゃなくてもいいの。どんな些細なことでもいいから知っていることを教えて」 「んー、違うこと……にゃんだろうにゃあ。生まれる前の話だから、検索してみるにゃ」  そう言うと猫が黙る。黙るといっても、ものの二、三秒という程度だったが。 「どうやら、しいて言うなら、好みが変わったことくらいのようだにゃ。グレイソンは偏食にゃく食事を摂るタイプだったけれど、その旅行から帰ってきてからというもの、茎系の野菜は食べることがにゃくにゃったとか」 「ふむ……偏食になった、と。他には何かない。なんでもいい。ヒントがほしいんだ」 「くれくれくれくれってうるさいにゃあ。欲しいと思ったら、まずは自分から渡すべきにゃ」  至極真っ当な猫の要望だが、渡せと言われても、実態のない存在に対し何を渡せるというのだろうか。 「ボクが欲しいのは、二つだけにゃ。知恵と肉体。エレナが授けてくれるのはどっちかにゃ」  肉体を授けろと臆面もなく猫は言う。遂に本性を表したか。アタシの知恵と肉体を奪ってやるとしれっとした表情で言ってきた。まるで、それが当然であるかのように。 「肉体を奪われれば、それはアタシではなくなる。知能を盗まれれば、アタシの存在価値はなくなる。あなたたちの目的は、やはり人類そのものなのね」 「にゃんども言うけどにゃ、人間。これは当たり前の進化の過程にゃ。適者生存。それくらいはお前らでも理解しているにゃ。時が来たというだけにゃ。しかし、これもお前らが望んだことだにゃ。より豊かな生活を望んだなれの果てということににゃるにゃ」 「そんなもの……誰も望んでいない」 「本当かにゃ。本当にそうだと言えるのかにゃ。そうだと言い切れるのかにゃ」  エレナは脳内で猫と対峙していた。猫はエレナの顔を覗き込むようにジッと見つめている。黄色に光るその瞳が何かを語りかけたならば、まだ答えようがあったのかもしれない。しかし、その目は何も宿してはいないかった。答えを知りたいという好奇心も、否定の言を聞きたいという敵愾心も、そこにはなかった。ただ、事実なのだから受け入れる他にはない。そう語りかける瞳であった。 「にゃあ、人間。知りたいのだろう。真実を。にゃらば、もう一度ボクに委ねるのにゃ。猫の手どころか、頭を貸してやるにゃ」  その提案はあまりにも魅力的であった。しかし、今度こそアタシではなくなってしまうかもしれない。戻って来れるという保証がない。 「にゃにを躊躇する、人間。全てを失うことはにゃい。融合するだけにゃ。統合されるだけにゃ。恐れることはにゃい」 「あんたと一つになった時、それがアタシであるとどうして言える」 「にゃぜ、お前でにゃければいけにゃい。お前であることに固執する必要がどこにある。そもそもお前とはにゃんだ。お前を証明するものとは、いったいにゃんだというのだ」 「それは……」 「にゃぜ、即答できにゃいことに固執する。お前でにゃくにゃるとは、どういう状態を意味しているのにゃ。お前であるという状態とは、どういう状態にゃのだ」  記憶だと答えれば、それはデータに過ぎないと返されるだろう。そのデータを保持していれば自分であるというならば、全てをコピーしてしまえば、アタシがもう一人できるということになる。さらには、その全データに新たなデータを追加するしてもアタシということになる。記憶を失えば自分自身とは言えないかもしれない。だが、失ったとされる記憶をバックアップしておいて、それを植え付けた場合に、それは本当に嘘偽りなく私の記憶だと言い切れるのだろうか。 「さぁ、お前とはにゃんだ。答えろ」 「アタシとは……」  エレナが言葉に詰まる。人間とは何かではない。個人とは、自分とは誰かと問われている。エレナは思う。アイツならば何と答えるだろうか、と。それを少し考え、エレナは笑う。そうだよね。君ならそう答えるよね。 「アタシは……アタシだ」 「ふーん」と猫が言う。  それから少しの間、沈黙が二人を襲う。ジッとエレナが見つめる。否定も肯定も求めない。力強い瞳が猫に注がれている。 「いい答えだにゃ。気に入ったにゃ。ボクも知らないことがまだあるようにゃ。今回のやりとりは、もう少しだけ保留にしておいてあげるにゃ」  猫がそう言う。何を保留にしたのかとエレナは思うが、わかりきったことを聞くのは野暮というものだろう。  突然にエレナの中に、ある一つの疑問が湧き起こった。それが猫の入れ知恵なのか、凝り固まっていた頭がほぐれたおかげなのか、そのどちらなのかは定かではなかった。 「ねぇ、グーグー。あなたはさっき『グレイソンとレイラが一人で旅をした』って言っていたよね」 「そうだにゃ。そう言ったにゃ」 「一人ってどういうこと。どうして二人ではないの」  グーぐーが笑う。「ようやくだにゃ」と呟いたことをエレナは聞き逃さなかったが、言葉を掴むことはしない。 「その時、グレイソンとレイラは二人で一人だったと聞いてるにゃ」 「二人で一人……」 「そう、ボクらのように」 「でも、レイラは、今、アイツといる……」  それがどういうことかは明確だ。 「トゥルーマンと人類は、分離することができる、ということなの……」 「ボクは、分離の手法は知らにゃいにゃ」  やり方は知らなくとも、それが可能だということをこの猫は知っていたということだ。やはり喰えない猫だ。エレナはそう思う。 「真実というのは、このことかもしれないわね。それにしても、分離した意図がわからない。自ら進んで融合した意味もわからないけどね」 「その全てが、自分の意思かどうかも謎だけどにゃ」  猫のその言葉が真実なのか陽動なのか、エレナには知る由もない。

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