儂は吸血鬼。 この道八十年以上の大ベテラン。 今宵も生き血を啜る為に彷徨うておる。 見よ。この長い手足を。 見よ。この鋭い牙を。 狙った獲物は逃さぬこの根性。 狩りで失敗なしの腕前。 それが儂の細やかな自慢じゃ。 儂は他の吸血鬼どもとは一味違う。 太陽の光を浴びたって灰にはならぬ。 十字架を押しつけられても何ともない。 にんにくの匂いだって平気じゃ。 獲物は儂から逃れようと部屋の中などに隠れるが、さようなことは儂には一切通用せぬ。 鼻が良いのでな。匂いですぐにそれと分かるのじゃ。 ただ相手も自分の身を守るのに必死だから当然こちらにも攻撃を仕掛けてくる。 容赦なく。 儂はその攻撃を難なくかわし、すきを狙って強烈な一撃をお見舞いする。 勿論、この牙でな。 狩りには常に危険がつきまとうが、今のところ全勝利じゃ。 戦いに休息などない。 この日々をずっと生き抜いてきた。 ⚔ ⚔ ⚔ 太陽の光が群青色の夜空に溶け込んだ後、待ちに待った儂のでぃなーたいむが始まる。 今日は何を隠そう、儂の八十八歳の誕生日じゃ。 特別な日じゃから、特別なでぃなーを所望しておる。 そんじょそこらの生き血ではのうて、とびっきり若々しいのが良いの。 あちらこちらと彷徨うていたところ、 突然、儂の嗅覚が獲物の存在を感知した。 何とも芳しい良き匂いじゃ。 今まで嗅いだことはない。 その匂いが儂のはぁとを引き付ける。 どこじゃ。どこにおる。 儂の今宵のでぃなーは。 おおぅ。見つけた見つけた。 何と! 雪の如く美しい肌! この手触りといい、絹の如き艷やかな柔肌じゃ。 この獲物の血はさぞかしや美味であろうの。 これに己の牙を突き立て、そこより湧き上がってくる赤くて甘い命の泉を想像し、胸が高鳴るのを感じた。 腹も負けじと鳴っておる。 ああ、早く、早く一口啜らせ給え……! そこで自慢の牙を出した。 さあ、ここで一突きさえすれば……!! ……何だ? 変な匂いがしてきた。 白い煙幕!? 聞いたことないぞ。 それは儂の周りにまとわりついてきた。 やめい! この儂に何を致すか!! なぬ? 手足が痺れてきたわい。 知らぬ間に謎の煙を吸ってしもうたようじゃ。 頭がぼうっとする。 く……苦しい……! い……息が出来ぬ! 百戦錬磨のこの儂が、こんな敵の罠にかかろうとは何たる不覚!! 無念じゃ……。 儂の意識はそこで途絶えた。 ⚔ ⚔ ⚔ 「お母さぁ〜ん! やっと命中させたよ」 「助かったわぁ。ありがとう。ユカリ」 「見てみて。大っきい蚊だったよ。これでもう痒さに苦しまなくて済むね!!」 「まぁ何て大きいヤブ蚊なんでしょう! 刺されなくて良かったわぁ」 「ヤブ蚊さんばいば〜い」 キンチョールのスプレーを手にした少女がヤブ蚊の死骸をぽいとゴミ箱に捨て、母親に向かってとてとてと歩いて行った。
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