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 そこの道を右に曲がると、古めかしい骨董屋がある。  その骨董屋には一匹の猫が飼われていて、聞けば願い事を何でも叶えてくれるらしい。だが、それはあくまでも噂に過ぎない。一体どんな猫なのか、どうやって願いを叶えてくれるのか、詳細は不明である。  ※ ※ ※ 「こんにちは、リュウトさん」 「これはこれはミナミ様。毎度ご贔屓に。いつもどうもありがとうございます」 「部屋の床の間に飾る品物を探しているのだけれど、今日お勧めの物は何かあるかしら?」 「要件の詳細をお伺い致しましょう。どうぞ中にお入り下さいませ」  これはここの店主が店に訪れる客の大半と交わす会話である。店内は至って普通の骨董品店だ。稀有な壺や絵皿や有名な絵師の手による絵画など、見るからに歴史ある高そうな品物が店内にずらりと並んでいる。ここの店主――名はリュウトというらしい――は見た目若そうだが豊富な知識と優れた鑑識眼、さらに信頼を得る接客マナーも申し分ない。彼の上品な身のこなしと醸し出す雰囲気が、店内に流れるアンティーク調の音楽と相俟って、つい日常を忘れさせてくれる――というのは、常連客の言によるものだ。  そんなある日のこと。昼下がりのまだ明るい時、店の入口で妙な音がした。丁度部屋の奥で片付け物をしていた店主は不審に思い、店内へと向かった。 「どちら様ですか?」  彼が声を掛けると、店内の入り口付近にいた大きな黒い影が二つ、急に動きを見せた。その体格から見てどちらも男のようだ。 「あっ……!」  大きな影の一つに店主は羽交い締めにされる。もう一人の男がその首元にサバイバルナイフを突き付けた。二人共頭の先から足の先まで黒装束に身を包み、サングラスとマスクを装着している為、顔が分からない。 「おい店主。ここに猫がいると聞いたのだが、一体どこにいる!?」 「一体何の話ですか?」 「“何でも願いを叶える猫”を飼っていると人づてに聞いた。どこにいる!? 隠し立てしても良いことはないぞ」  男がナイフを持っていない方の拳で机を乱暴に叩いた。机の上に置いてあった鉛筆立てがその衝撃で倒れ、中身がぶちまけられる。床に鉛筆が転がり落ちる音が響いた。店主はそれを目にすると、柳のように美しい眉を顰めた。 「乱暴は止めて下さい!」 「たった猫一匹差し出してくれれば俺達は立ち去る。店内の商品に手を付けるつもりはねぇ」   「あの猫ですか……」 「まさか、いないと言わねぇだろうな? つい先程この店の周りをうろついているのを一匹見かけたんだ。あれなんだろう!?」 「……」  どら声を聞いて柳都は眉間に皺を寄せた。何か考え事をしているようだ。 「おい。黙り込んでも拉致はあかないぞ。たった猫一匹、ちょっとかしてくれるだけで良いんだ」  彼は薄い唇を開いた。 「一体、どんな願い事があるのか存じませんが、あまり分不相応過ぎる内容は正直お勧め出来ません」 「何!?」 「話しの詳細は私ではなく、彼女が聞きます。確かに、彼女は依頼主の願い事を叶える能力を持ちます。しかし、願いを叶えてくれるか否かは彼女次第。私の意思では何も出来ません」 「何も出来ないって……あんたは今までその場に立ち会わなかったのか!?」  男の声に驚愕の響きが籠もる。店主は静かに頷いた。 「……ええ。当店にあなたのような依頼主がお見えになることはたまにありますが、私はただの案内人です。依頼主を彼女の元に案内しております。よって、依頼主の願い事に関する内容を何一つ存じ上げておりません。例え耳にしたとしても守秘義務がありますので当事者なら分かりますが、他人にお教えするわけには参りません。その上、後で何があっても当店では一切責任を負いかねますが、それで宜しければ」  ぴんと張り詰めていた空気がふっと軽くなるのを感じる。 「たった猫一匹に何を大袈裟な。あんたの猫の手をちょっと借りたいだけだ。話しが分かれば良いんだ。さっさと案内してくれ」  男は妙に明るい声になり、拘束危害を加えられないことを察知した柳都はやれやれと溜め息をついた。 「分かりました。それではまずこの契約書にサインをお願いします」 「……」  男は渋々ペンを手に取った。その契約書は先程店主が述べた内容をそのまま箇条書きにしたような、至ってシンプルなものであった。 「……どうもありがとうございました。これはお預かり致します。あなたが当店にいらしたことも外部には漏らしませんので、どうぞご安心下さいませ」  店主は受け取ったサイン付き契約書の写しを依頼主の男に手渡した。 「ああ。俺達もどんな願い事をしに行ったかは他のやつには喋らねぇ。安心しな」 「それでは彼女はこちらにいますので、どうぞ奥にお入り下さい」  店主は店の入り口の戸に「本日の営業は終了致しました」の札を下げて内鍵を掛けると、真っ黒な男二人を店の奥に案内した。  ※ ※ ※  それから二・三日後。ポニーテールに髪を結った十歳位の少女が骨董屋にいた。嬉しそうな声が聞こえてくる。 「ねぇリュウトさん、この前はありがとう。飼い猫のミケが無くした鈴を見つけてくれて」 「見付けたのは私というより彼女ですよ。彼女に会っていかれますか?」 「ううん。今日は時間がないの。また今度で良い?」 「ええ。いつでも」 「鈴を見付けてくれた猫ちゃんに宜しく伝えてね。あと、このことはリュウトさんと猫ちゃんとあたしだけのヒ・ミ・ツ! 絶対誰にも言わないわ」 「分かりました。また今度来てくださいね」  少女はパタパタと店を出ていった。  客を見送った店主の耳に、なぁ〜ご……と猫の鳴き声が滑り込んで来る。声がする方向に顔を向けると、部屋の奥から一匹の黒猫が姿を表した。その尻尾は先が鍵のように曲がっている。 「……どうしました?」  彼が椅子に腰掛けると、彼女はその膝上にひょいと乗ってきた。顎を優しく撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らし、すりすりと顔を擦り付ける仕草をする。それを見た店主は目を細めた。 「おや。いつの間に……? 今まで片眼しか開かなかったのに、両目とも開くようになったのですね」  顔を覗き込んでみると、左眼が空色、右眼が金色の瞳が店主の顔を覗き込んで来た。  この猫は、今まで右眼が何故か開かず、左眼だけで生きてきたらしい。毛並みは艶々として美しいのだが、片眼だった為か店の前に捨てられていたのを店主が見付け、それから店に居付くようになったのだ。まさかオッド・アイを持つ猫とは思わなかった。 「ただでさえ鍵尻尾は福猫なのに、黒猫且つオッド・アイ。あなたも希少価値が更に上がりましたね」  その背を優しく撫でると、膝上の彼女は気持ち良さそうに目を細めた。 「何故急に両眼になれたのか、あなたは教えてくれないでしょうね……」  彼女は嬉しそうになぁ〜ごと鳴き、店主の唇をぺろりと舐める。  店主が腰掛けた椅子の側に置いてある朝刊には、二人組の強盗犯が二・三日前から行方不明により捜索中という文字が踊っていた。この記事には続きがあって、彼等が今まで盗んできた宝石やお金が、元の持ち主の手元に全て戻ったという奇跡が起きたらしい。  彼等は一体何の願い事をしたのか。  それは、彼女のみぞ知る。

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