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「ドラマかよ!」  その言葉が口をついて出た瞬間、寺林ははっとした。とっさの一言とはいえ、親友に対してあんまりなのではないか。せめてもう少し気の利いた言葉は出せなかったのか――後悔は具体的な自問となって、瞬く間に脳内を駆け巡った。  でも。  でも、とっさだったのだ。インターホンが鳴ったので玄関のドアを開けると、目を赤く腫らしたずぶ濡れの友人がそこに立っていたのだ。普段は後ろに束ねてある肩の少し下ぐらいまである髪は何故かほどけていて、その半分が顔面にかかっているという、まるで井戸から上がってきた幽霊のようなその様相にも度肝を抜かれた。高校時代から垢抜けない奴だとは思っていたが、これはあんまりだ。玄関を開ける直前まで淡々と続けられてきた、テレビドラマや映画でメディアがばら撒いているようなドラマチックな世界とはほぼ無縁の、この現実界における平凡な日常。そこに急に降りかかってきた奇想天外な出来事に対するレスポンスとしては、むしろさっきの一言はいい線いっているのではないか? 「テルミ、急にごめん」 「ん。まあ、入んなよ。タオル出すしそこで待ってて」  寺林は気を取り直して彼女を玄関に迎え入れ、すぐ脇のクローゼットを開ける。小さなワンルームにしては、コートを掛けた上に衣装ボックスも入れることができるゆったりとした収納だ。ユニットバスも玄関を入ってすぐなので、タオルもこのクローゼットに入れている。  下の段の衣装ケースを開けてバスタオルを手に取ろうとしていると、ふいにユニットバスの戸が開き、頭にタオルを巻いた女がひょいと首を出した。 「あれ、もげぽよじゃん」 「あ、久しぶり……」 「っていうかテルミ、ドラマかよとか超ウケるんだけど」  そう言うなり女は首を引っ込めて戸をバタンと閉めた。寺林はちらとユニットバスの方を横目で睨みつつクローゼットを閉じ、ずぶ濡れで待っている友人にタオルを渡す。 「はい、とりあえずこれで拭いとき。サノッピーのあとシャワー入ってな」 「うん、ありがとう」  か細い声でお礼を言って、彼女はタオルを受け取った。  この三人は高校時代からの友人だった。テルミは寺林留美、サノッピーは佐野光、そしてもげぽよの本名は茂木はるかという。もげぽよとサノッピーという渾名は寺林がつけたものだ。センスはどうであれ、そう呼べば学校中でその呼び名が浸透してしまうという、不思議なカリスマ性めいたものを彼女は持っていた。  今は三人とも大学生で、寺林はアパートで一人暮らしをしている。父親の転勤のために両親が福井へと引っ越し、本人は進学のために東京に残った形だ。もともと東京にやってきたのも父親の異動によるもので、高二の春に奈良の高校から転校してきた。一方、茂木と佐野の二人は実家暮らしをしている。  同じ大学に進学した佐野は寺林の部屋に入り浸っていて、ほとんど別邸のように利用する。茂木は電話で二人と話すことはあるけれども、直接会ったり家に遊びに行ったりすることはあまりない。他の二人が現役で大学生になったのに対し、茂木だけ浪人したからというのもあるかも知れない。  いや、厳密にいうと浪人とは少し違う。そもそも彼女は現役時代に受験をしなかったのである。  大学進学を考えていたものの、やりたいことが絞れずに高校生の間に志望校を決めることができなかった。どこでもいいから受かりそうな大学を受けるようにという周囲のアドバイスにも耳を貸さず、高三の十一月まで迷い続けた挙句に中途半端は嫌だと言って進学を諦め、駆け込みで就職活動を始めた。当然ながらどこにも採用してもらえず、高校卒業後は行く先も定まらないままアルバイトを始める。そして八月になると、漸くやりたいことが見つかったと言って、結局受験勉強を始めたのだった。  茂木が志望したのはある国立大学の理学部だった。センター試験で苦手な現国に足を引っ張られ、自己採点ではかなり厳しい判定が出た。それでも何とか二次試験の受験資格を繋ぎ止め、結果的に合格を勝ち取った。誠に危なっかしい綱渡りのような受験が成功に終わり、家族や友人、それに高校時代の担任もホッと胸をなでおろした。  茂木がシャワーを浴びている間、佐野と寺林は炬燵でみかんを食べながらテレビを見ていた。お互いほとんど会話を交わさずただ画面を見つめていたが、CMが始まると寺林が口を開いた。 「もげぽよ、シャワー長いな」  佐野がテレビから視線を動かさずに答える。 「こんなもんじゃね」 「そうか」 「うん」

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