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 彼女が祖母の四十九日の法要のために父親と高松に行ったのは一九八八年の三月、七歳の時だった。長旅の疲れで、高松港行きのフェリーの船室でうたた寝をしていた。ふと目を覚ますと、隣では大阪で落ち合った伯母が眠りこけている。父親と伯父の姿はない。  眠っている伯母の横をすり抜けて甲板に出ると、瀬戸内海の海風が頬をなでるよりも先に、煙草の煙が鼻をついた。父親と伯父が手すりに寄りかかって、煙草を吸いながら何か話しているのである。船上はけたたましいエンジン音がひっきりなしに鳴り響いているので、少し距離が離れると何も聞こえない。それでも父親は敏感にも娘の気配を感じたのか、程なくしてこちらを振り向いた。  「おう、はるか。起きたか」  轟音をかき消す父の威勢の良い声。伯父もこちらを向いて微笑んでいる。父親と伯父の立っているその先には、翌月に開業を控えた瀬戸大橋が見える。  「はるかちゃん、床が濡れとるけ気いつけや」  「パパ、まだ着かないのぉ?」  父親に向かってそう叫びながら、甲板の濡れた床で滑らないようにそろそろと二人の元へ進む。最後の一歩は大股で、床の上の水たまりをぴょん、と飛び越えて父親の横の手すりに掴まった。彼女を見守っていた二人は再び海の方へと向き直る。  「あと三〇分ぐらいだな」  父親が言う。  「けったいな橋やろ。あれが高松までずっと続いとるんよ」  瀬戸大橋を眺めながら伯父が言う。  「えらいもん作りよったなあ」  手すりに寄りかかりながら、父がしみじみと言う。東京にいるときはいわゆる標準語で話す父だったが、自分の兄弟や親戚の前では故郷くにの言葉が出る。イントネーションも変わる。彼女は、中学を卒業する頃まで父親のそんなところが苦手だった。それは父の本来の姿であるに違いなかったが、彼女にしてみれば、香川弁を話す父親はまるで他人のようで、たちどころに遠い存在になる。それがとても寂しくて、小学一年生を終えたばかりの幼い少女には耐えがたい。  「ねーえ、そのしゃべり方ヘン!普通に喋ってよ」  「おう、そうかそうか、悪かったな」 それを横で見ている伯父が口を挟む。  「はるかちゃん、お父さんは高松の人間なんやし別におかしいことはないで。地元に帰るときぐらい国の言葉で喋らせてあげな。こっちにしてみたら帰ってきた弟が東京弁を喋っとるゆうのも切ないで」  「兄ちゃん、そういう自分も大阪弁になっとるよ」  「大阪弁はええんや。近いし」  「ねえパパ、アイス買って」  「服が汚れるから今は駄目だよ。着いたらすぐお婆ちゃんの所でお線香あげるから、それが終わるまで我慢しなさい」  「えー、今食べたいー!」  へそを曲げてだだをこねる姪っ子を伯父がたしなめる。 「はるかちゃん、今日はな、お婆ちゃんの魂が地上におる最後の日なんよ。明日になったら天国に行ってしまうんやから、きれいな格好でちゃんとご挨拶せんとな」  伯父は四十九日のことを姪にやさしく説明するためにこのように言ったが、「天国」という表現を使ったことで、翌日の法話と矛盾することになった。法要の当日、町内の禅寺からやってきた僧侶が「本日をもって、故人は仏様の弟子として仏様の世界へと旅立たれます」と言ったのを、七歳の少女は聞き逃さなかった。さらに僧侶によれば、祖母の魂はこれから修行を始めるという。それは伯父の言っていた天国という言葉のイメージからはかけ離れたものであり、彼女は驚愕さえした。ただし、その驚きはネガティブなものでもポジティブなものでもない、ただの純粋な驚きで、心の底のほうに何かを残した。それははじめ小粒の種のような引っかかりだったが、年を重なるにつれて死に対するぼんやりとした疑問として少しずつ成長していった。

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