箱を開ける。 どこにでもありそうな茶色い木箱。 掌に納まるくらいの小さな木箱。 先日亡くなったおじいちゃんの遺品の一つ。 生前からオレにくれると言っていたモノだ。 まあ、こっちが欲しい欲しい言っていたんだけど。 「機嫌を損ねてはいけないよ。この子は優しいけれど一度怒るとひどいことになってしまうからね」 そう、おじいちゃんは言っていた。 正直言って意味はわからなかった。 だってこの木箱に入っているのは――入っていたのは、 金とガラスでできた懐中時計 なのだから。 ☆――☆ 『環』を避けて『竜頭』を押す。 そうすると『蓋』が開いて『文字盤と針』が、つまり時計が姿を見せる。 至って普通の懐中時計だ。 中が透けて見える仕様になっていて、小さく鮮やかなルビーが一つだけはまっていたりする。 窓から差し込んでくる朝の陽光を反射する懐中時計はただの時計の域を超えて美術・芸術品のようにも見えて。 「……キレイだな」 ポツリと言葉を零してしまった。 誰にも聞かれてはいないのだが少しばかり恥ずかしくなってしまう。 別にキレイなものに見惚れるのが悪いことだと思ってはいないが、こちら高校に入学したての十五歳男子。 他の男たちは女の子に見惚れる歳だ。モノではなく。 まあ、なんだ。モノを大切にする気持ち、持っていたいよな? そうだ、この気持ちは素晴らしいものなのだ。堂々と胸をはろうではないか。 『クス』 「え?」 はて? 今誰かが笑った気がしたのだが? しかし部屋を見回しても誰もいない。 こたつにベッド、本棚。パソコンにテレビ。基本黒で揃えている家具たちが鎮座しているくらいだ。 『どうして黒なの?』 「ああ、だって黒って誰にも塗り替えられない色だから強く感じ――」 ……………………………………………………………………………………………………え。 いない。絶対部屋には誰もいない。 じゃあ今の声はなんだ? 「……まさか幻聴?」 乱れた生活をしていると精神病にかかりやすいと聞く。けどオレは0時に寝て七時に起きる頑張り屋さんを自負している。病気には……かからない……と思うのだが……。 「……さっさと出よう」 懐中時計をパジャマのポケットに入れて、朝食を摂る為に部屋を出た。動いていたら幻聴なんて聞こえてこないだろう。多分。 「おはよ」 二階から一階に降りて和室にいくともう父さんは家を出たあとだった。朝食で使ったお皿が台所に洗われた状態で置かれていたから間違いない。 「おはよう」 だからオレの挨拶に挨拶を返してくれたのは母さんだけで。その母さんももうすぐ食べ終わるところのようだ。デザートの果物――リンゴ――に箸を刺すところだったから。 「洗い終わったらお母さんも仕事に行くから、出る時は戸締りよろしくね」 「うん」 掘りごたつに脚を入れて、オレも用意されていた朝食に手をかける。卵かけご飯だ。父さんは納豆派だがオレと母さんは納豆の匂いがダメで食べられない。なにより卵かけご飯が大好きなもんで朝はもっぱらこれだ。たまにパンにもなるが週に一度って感じ。 「ごちそうさまっと」 オレがかき混ぜた卵をご飯にかけていると母さんが立ちあがった。どうやらリンゴを食べ終わったみたい。台所にお皿を下げて、洗って、そのままそこで歯磨きを始めた。 この家庭ではオレが最後に家を出る。中学校は二キロメール先だが両親の職場よりは近く、高校は更に近いからとうぶんは変わらない生活リズムだろう。 あ、でも部活に入ったら朝練とかあんのかな? 中学時代は入ってなかったから高校ではなにか始めてみようか? そんなあれやこれを考えながら卵色に染まったご飯に卵かけご飯専用の醤油をかけてもう一度まぜまぜ。一口分箸にとって口にイン。ハイ、うまい。 <――AI精製・ロボット製造禁止国際法についてお送りしました。 それでは次のニュース、『夜門市』での怪事件です> 「うん?」 すみっこに置いてあるテレビから聞き覚えのある市の名前が出てきた。 夜門市――ここ『未央市』の隣の市だ。 互いにシリウスの和名を冠する市。元々は一つだったのだが人口が増えて二十年くらい前に二つに別れ産まれた市である。 <夜門市では最近オバケが目撃されるとのことで――> ローカルテレビ番組だ。地元を扱うのはよくある話。 しかし……オバケとは……。ネタに困っているんだろうか? 「行ってくるよ~」 「あ、うん」 玄関の方から聞こえた母さんの声に返事をする。ドアが開いて、閉まる音。これで家にはオレ一人だ。 さて、現在七時半。オレも登校の準備しなくちゃな。
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