S <また、恋をする>
第08話「……幸福にならないとダメみたいなので」

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 いや、遠くに黒い点がある。  どうやらそれを目指してまっすぐに進んでいるようだが出口なのだろうか?  それ以前にこのバス、進んでいるのか? 地面がないから、景色が変わらないからそれすらも判断できない。 「……心魅このみさん、ジョーカーの姿って見たことある?」 「え? うん何度かあるよ」 「そのぬいぐるみみたいだった?」  つまり、それこそがジョーカーではないのか? 「ううんこの子じゃないよ。マジシャンみたいな格好してた」 「姿を変えられるとかは」 「これまではなかったけど……どうだろう?」  白く細い人差し指の第二関節を顎に当てて思案顔。  ジョーカーが姿を変えられるとして、やはり一番怪しいのはこのぬいぐるみだ。 「……ヘルメット(?)をとってみよう。オレがやるよ」 「うん」  心魅さんがぬいぐるみをがっちりホールドして、オレはヘルメットに手を伸ばす。ガラスか他のなにかでできているヘルメットに両手をあてて右に左にと動かしてみると。 「お? 開く」  開くと言うか、パカッと胴体から外れた。 「「あ」」  中に入っていたのはなんと。 「見っけた――の、かな?」  一瞬喜び、頭を捻る心魅さん。  それはそうだろう。  だって中に入っていたのはマジシャンのぬいぐるみだったのだから。  手に取ってみると、人肌ほどの体温があった。生きている。このマジシャンのぬいぐるみは。けれど動かない。 「くすぐったら笑ったり――」 『あはははははははは』 「――したね」 「……ああ」  宇宙飛行士のぬいぐるみを受けとり、かわってマジシャンのぬいぐるみを心魅さんに渡す。 「ねぇ、元に戻してくれる?」 『我らはあるじを幸福にする為にいるのである』 「へ?」  主。心魅さんだ。 『我の遊びが、少しでも貴女の幸福に繋がったのなら嬉しい』 「「――!」」  遥か前方に見えていた黒い点が一瞬で大きくなった。  大きくなってバスを呑み込んだ。  思わず目を閉ざしてしまったオレと心魅さん。  びっくりして落とした瞼をそっと開けると――あれ? 「戻った……」  変哲のないバスの車内に。  運転手は普通の人で、バスは揺れていて、外の景色は街の風景で、乗客が不思議なモノを見る目でオレたちを見ている。 「……心魅さん、それ」 「え?」  気づけば心魅さんの手の中には黒いトランプが一枚。絵柄を見るにジョーカーだ。 「……」 「……心魅さん、どっか幸福になった?」 「うん?」 「ジョーカーの目的が達成されたから戻ったんじゃないの?」 「……あ~」  と言いながら視線を下に落とす心魅さん。  そこには繋がれたオレと心魅さんの手が。 「あ、ごめん」  急ぎ離すオレ。否、離そうと思ったオレ。や、確かに少しは離れたのだがすぐに握り直されてしまった。 「心魅さん?」 「……幸福にならないとダメみたいなので」  心魅さんはオレと目を合わせてくれない。もう手の方も見ていない。ただ恥ずかしそうに頬を朱に染めて床を見ている。  ……えっと。  二人そろって俯いてしまう。  気まずいような嬉しいような時間が流れて、バスが大きく揺れた。 「うっ」  揺れて後頭部を銀色のポールにぶつけてしまうオレである。 「だ、大丈夫?」 「うん、なんとか」  かなり痛かったが。  それが伝わってしまったのか心魅さんはオレの後頭部に手を伸ばし、優しく摩ってくれる。  先程よりも優しい手つき。変わらぬ温もり。 「コブにはなってない、ね」 「そ、そっか。  でも危ないから席に戻ろうか」 「うん」  で、戻ろうとしたのだが、すでに別の人にとられていたのであった。  まあ、指定席じゃないしね……。

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