S <また、恋をする>
第29話「しっかりやっていこう、二人で」

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 覚えて――って、それは以前会ったことがあると言う意味、になるが? 「昔、俺が担当した人だ」  父さんが担当。医師である父さんが担当した。え? そうなの?  心魅このみさんのお父さまに目を向けると閉じていた瞼が開かれていた。開かれて、オレを見ていた。想像以上に優しい眼差しで。 「咲崎さきざきさんは昔、おばあさんと同じく心臓を悪くしてな。誰もがさじを投げた。その中には俺も含まれる。  けど奇跡的に助かったんだよ」  その言葉に目をみはる。オレはもちろん心魅さんも。どうやら娘である心魅さんも初めて聞かされた話らしい。 「その場にはおじいちゃんとお前もいた。俺の職場に見学にきていたんだ。  奇跡が起こったのはその時だった。  咲崎さんだけじゃない。当時病院にいた全ての患者さんの病気・怪我が治った」 「――は?」  治ったって……奇跡とやらで? 「本当に覚えていないか? お前は泣いていた幼い心魅さんを慰めようと奇跡を起こしたんだよ」 「え?」  突然出てきた自分の名前に心魅さんはきょとんと目を丸くする。オレも同じだ。  オレが? 幼い心魅さんを慰めようと? 「えっと……何歳の時の話?」 「幼稚園に入ったばかりだから、四・五歳か」 「待って。オレに奇跡を起こせる力なんて――」  あると思う? と言おうとした。言おうとして止まった。  あるじゃないか。奇跡を起こせる力が。重大な秘密が。  けどオレと心魅さんが幼い頃に出逢っていたとは。 「心覇このはくん」 「ハイ」  反射的に言葉が出た。心魅さんのお父さまに名を呼ばれたからだ。気持ち背筋もまっすぐになったと思う。 「あの当時は言えなかった。  だから今言うよ。  助けてくれてありがとう」  そう言って頭をさげられる、お父さまとお母さま。良く見るとお母さまの方は涙ぐんでもいた。きっと当時の喜びを思い出したのだろう。  けど待った。違うのだ。奇跡を起こしたのはオレじゃない。 『いいえ、貴方よ』  すごく、すごく小さな声でオレに語りかける、声。  一夜いちやだ。 『貴方が心から心魅を慰めたいと思った。だから、私は力を貸したのよ』  やはり。一夜の力だったか。 『思えばその時におじいさんは私を貴方に継がせる決意をしたのね。  誇りなさい。私を動かした自分の純心を。  奇跡を起こしたのは私じゃない。貴方よ』  って言われても……。 『まあ、まずは下げられている頭をなんとかしないとね』  あ。そうだそうだった。 「頭を上げてください。  えっと……気持ちは受け取りますから」  オレがそう言うと、御二人はゆっくり頭を上げられた。ようやく言えた礼にすっきりしたのか柔らかな笑顔を浮かべていた。  そうか、だからか。 「それがあったから、オレと心魅さんの――その、同居を?」 「うむ。こんな偶然があるのかと耳を疑ったよ。  同時に思った。この偶然を運命と呼ぶのなら、心魅を任せても良いかと」  自らの子供を預ける、それはどんなに重い決断だろう。自分の命を救った相手だからこそ行われた決断。  オレはその勇気ある決断に、応えねばならない。  こちらも勇気をもって。 「ありがとうございます。  心魅さん」 「う、うん?」 「しっかりやっていこう、二人で」  心魅さんの目が開かれる。一瞬この上ないほど驚いて、やがてお父さまに似た優しい笑みを浮かべ。 「……うん」  と、言うのだった。

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