困った。参ったとも言う。 隣県にきて目的の駅で降りたは良いものの、ここからどこに行くべきか誰も聞いていなかった。 肝心要の『スペードのエース』はと言うと―― 『……見覚えはある。 しかし全てに霧がかかっている状態だ。 件の女性に関しては霧どころか完全に抜け落ちているが……』 人の姿をとって街を眺めながら、こんな状態である。 記憶喪失になったのだ。それも唐突に。局地的に。 どうして? などと問う必要はない。だってオレたちは不思議な現象が起こる原因を知っているから。 オレたちと同じ。 カナウさんはなんらかの“工芸品”を持っている。 だからこそ『スペードのエース』の話に疑問を持たず、彼を信じたのだろう。 「……一夜」 『私に時間を戻せないかと聞くなら先んじて答えてあげる。 ムリよ』 ……だよね。そこまでできたら悪さし放題だ。 「……因みに」 『時間を止めることもできないわ』 「そっかぁ」 ちょっと残念。 いや待てよ? 時間を止めたら光や空気の流れも止まってなにもできないどころか死んでしまうのでは? フィクションなんかでは無事に動き回っているが現実に時間を止めるとなると色々問題が……ってそんな場合ではなく。 「どうしよう……一発叩いたら元に戻るかな?」 ビンタの素振りをしながら、心魅さん。そして一歩距離をとる『スペードのエース』。 確かに物理的ショックによる回復は確認されているが……“工芸品”は昭和の家電じゃあるまいしビンタで戻ると思えないんだけど。 「まあ、主である心魅さんが良いならどうぞ」 「では早速」 『いや待て。断言しておこう、ムダだ』 更に一歩距離をとる『スペードのエース』。 「冗談だよ、うん冗談」 『ならばナゼ素振りを続けるのか』 「……あのさ」 声をかけるのは、オレ。 「カナウさんの記憶だけがキレイに消えているなら、抜け落ちているところを辿ってカナウさんに辿りつけないかな?」 『霧がかかっていなければ可能だろうが……この状態ではムリだ』 「そっか……」 では、オレたちからカナウさんの記憶が抜け落ちないうちになんとか彼女を探し出せるだろうか? カナウさんはメディアにも顔を出している人だ。街の人に聞けばわかるかも。 あ、でも有名だからこそプライバシーとプライベートは守られる、か? 「……なにもしないよりはマシか。 この街にある病院に片っ端から行って、カナウさんのことを聞いてみよう。 ただし『スペードのエース』を人型のまま連れて。運が良ければ二人が一緒にいるところを見ている人にあたるかも」 「そっか。見ず知らずの人じゃなければ教えてくれる可能性は上がるって話だね?」 「うん」 「そうと決まれば、行きましょう」
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