S <また、恋をする>
第30話「二人が一つに染まっていくのも良いなって」

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「すぅ~、はぁ~」 「うん?」  時間はゆっくりと流れて、土曜日午後。  最大の懸念であった親の了解を乗りこえておじいちゃんの家改めオレと心魅このみさんの新居。に着いた途端心魅さんが大きく深呼吸。  ……いや違うか? なにやら空気の味を楽しんでいるように見えるが? 「どうかしたの?」 「いやぁ、ここで暮らすことになるのかと思うと新世界にでもきたような気分になってねぇ。新世界、行ったことないけど」  行ったことあったら大ごとである。  まあ、新しい世界への扉が開くと言う意味では……なんかわかるな。  同年代の女子との同居、初めてだから未経験の世界へ突入だ。 「ま、それは置いといて」 「うん?」  置いといて、と同時にバッグを降ろして中身を漁り始める心魅さん。なにか掴んで出すとそれをオレには見えないように背の方に回してオレの前方に立った。 「すぅ~、はぁ~」  もう一度深い呼吸。今度は味わっているのではない。恐らく緊張をほぐす為の深呼吸。 「良し。  ハイ、心覇このはくん。お誕生日おめでとう」 「あ」  背に回されていた手が前へ。そこにはしっかりと赤いリボンと白い紙で包まれた箱があって。  誕生日。オレの。ジツはソワソワしていた今日一日。  友だちに祝ってもらうなんていつ振りだろう? そもそも知ってくれているパターンが珍しいオレの誕生日だ。  こうして届けられた心魅さんの想いを前にして――あ、なんだろう……じんわりと胸に広がるこの想いは? 「……ありがとう」  オレは笑えていただろうか? どちらかと言うとオレの気持ち、泣きそうな方向に傾いているのだけれど。 「うん」  自分がどんな表情かわからない。でもそんなオレを見て心魅さんは微笑むのだ。 「開けても?」 「もちろん良いよ」 「それじゃ」  オレもバッグを降ろして、立ちつくしているのもあれなので二人並んでソファに腰を降ろす。すごくお尻にフィットするソファだ。下手したら寝てしまうほどに心地良い。  けど今はくつろいでいる場面でも寝ている場面でもない。  この暖かな気持ちを前に眠気も飛んでいる。  オレはリボンを外し、包み紙を破かないようにキレイにとる。  紙をテーブルに置いて中にあった箱を手に持ち、開ける。 「――香水?」 「うん。  心覇くんに合わせたわたしのお手製です」  えっへん。豊かな膨らみを持つ胸をはる。 「すごいね、香水作れるんだ」 「そうなのです。  どこにもない新しい香水にしたのはね、これからの二人の生活を象徴する香りを用意したかったからなんだ」 「二人の生活」 「そう。どこにもない香り、それに色づけられるどこにもない二人の生活。暮らし。  それに、二人が一つに染まっていくのも良いなって」  同じ香りに染まる二人、か。  二人だけの香り。二人だけの色。 「……そうだね、良いかも」 「うん」  早速手首に一吹きつけてみる。  心がすっきりするような新緑に似た香りだ。けれどどこかが違う。吸った鼻、喉に体の中にと入っていく香りは全てを洗い流してくれる真水のようでもあって。 「ん……落ち着く」 「だねぇ。  染まっていく~」  空気がまったりした。  気も少し抜けてなにもやる気が起きなくなって――って、やる気くす前にすべき事柄があった。

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