S <また、恋をする>
第07話「ふ。ジツはめっちゃ恥ずかしい」

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 オレが席を立ち、続いて心魅このみさんも席を立つ。  少しぐらいグラつくかと思っていつでも心魅さんを支えられるよう心構えていたけれどそれはなかった。バス特有の揺れが全く感じられなかったからだ。オレたちの感覚が狂わされているのか、それとも本当に揺れがないのかまでは不明なのだが。 「今、手を繋ぐチャンスを逃したって思ってる?」 「思ってませんよ?」  いや、ホントに。真顔で応えられたと思ったけどどうだっただろう? 「さ、運転席に行こうか」 「え?」  オレを追い越していってしまう心魅さん。楽しそうだ。でもオレが「え?」と言ったのは追い越されたからではなく。 「う~ん?」 「いや、あの……」  情けなくも狼狽えてしまった。  心魅さんに、手を繋がれたから。 「しがみついた方が良い?」  楽しそうにからかってくる。  しがみつくか。……いやオレには早い気が。 「初心ですなぁ」 「そ、そう言う心魅さんは?」 「言ったでしょ? 初恋もまだだって」 「そのわりには――ひょっとしてムリしてる?」  よくよく彼女を見てみると顔が真っ赤だ。 「ふ。ジツはめっちゃ恥ずかしい」 「……」 「……」  二人して黙ってしまった。でも、繋がっている手をほどこうと言う動きはどっちにもなく。  恥ずかしい。どうにかなりそうだ。  なのになんだろうこの感覚は?  どうにかなりそうなのにどこかでホッとしている。安心している。  この気持ち、心魅さんと共有できているかな? 「……行こうか、運転席」  微妙な空気のままであるが、オレは行動を起こすことにした。今しばらくはこの心地良さを味わっていたい気持ちもあった。だがすべきこともしなければ。 「……だね」  そう言って微笑む、心魅さん。照れくさそうにするその姿が、なんとも愛おしくて。  ……愛おしい? いやいや。まさか、ねえ?  分類しがたい想いを抱えたまま、オレは足を動かす。ただ止まっていてもなにも好転しないと思ったから、とりあえず気持ちの方は置いといてこの現状を解決しようと思う。 「――え?」  一歩二歩と進み、ほんの六歩で運転席に辿りついた。辿りついて、見てしまった。  運転手の姿を。  や、運転手って言うか……。 「わぁ、可愛い」  運転席に座す『それ』を見て、心魅さんはそんな感想を口にする。  うん……まあ、可愛くはある、な。  だって宇宙飛行士を二頭身にしたぬいぐるみだったのだから。  もちろん運転手としての役目は果たせていない。手も足もあるべきところに届いていないのだから。  と言うか。 「動いていない?」  速度・残量電気・走行距離。全てのメーターが動いていない。ハンドルすらも。 「心覇このはくん」 「ん?」  オレが運転席のあちらこちらに目を向けている間にぬいぐるみを抱えていた心魅さん。彼女は若干呆然とした表情でオレではないなにかを見ていた。  前を、見ている?  その視線を辿ってオレも前方に目を向ける。  向けて、固まった。 「あれ?」  いつからだろう?  外にあるべき街の景色がなくて、真っ白な空間になっていたのは。

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