『お誕生日おめでとう、心覇』 「うん、ありがとう母さん」 二時間かけたパーティーは終了し、全員で後片づけをしているところに母さんから電話がかかってきた。 『親父もいるぞ、おめでとう心覇』 「ありがとう」 こうして改めて言われると、テレるな……。 『いやはやそれにしても心覇、十六歳なのねぇ。 貴方が三千グラムちょいで産まれてきた時からは想像もつかない――』 思い出話が始まってしまった。これを放っておくと長い。母さんはおしゃべり好きゆえに二時間は続くだろう。 だから。 「ありがとう二人とも。でもまだ片づけが残っているから」 早々に話を切り上げておいた。 『もう。しようがないわね。 あ、そうそう、本当に妊娠しているのは心魅ちゃんじゃないのよね?』 「……は?」 突然なにを言い出すのだ? 『だって心覇が妊娠について聞いてくるから』 「……オレが?」 『忘れたの? たった二~三時間前の話なのに』 数時間前。 その頃オレは新幹線に乗っていたはずだ。 オレが? 妊娠について聞いた? 『心魅ちゃんなの? 違うの? どっち?』 「……どうしてちょっと声が弾んでいるのかな」 『孫の顔見たいわぁ』 「早いよどう考えても!」 入学式の日に出逢ってどうやってそんな凄まじいスピードで妊娠すると言うのだ。 『そうなの? 残念。 ま、学生のうちに結婚するならちゃんと母さんたちに相談しなさいね』 だから……。 『バイバイ』 「うん……ばいばい」 ようやっと通話を切れた。少し淋しい気持ちがあるにはあるが、それ以上にホッとした。 妊娠て……。 妊娠。どうしてオレはそんなことを聞いた? 『心覇』 「うん?」 『話が終わったならこっちに合流なさいな。 家事はみんなでやるものよ』 「あ、ああ、うん」 一夜に手招きされて、携帯電話をポケットに入れ、みんなの輪に加わる。 「お母さまとお父さま、元気そうだね」 「まあね。 あのさ心魅さん」 「ん?」 「オレたち今日妊娠についてなんか話した?」 「に!」 危うく洗っていたお皿を落としそうになる心魅さん。と、すかさずそれをフォローするオレと真名。二人が伸ばした手にはしっかりとお皿が掴まれている。 「あ、ご、ごめん。 でもどうして急にに――ににににに妊娠なんて?」 妊娠と言うワードを口にするのが恥ずかしいみたいだ。それともなにか想像したのだろうか? 「いや、母さんの話だと今日オレが妊娠について聞いたみたいなんだけど」 「覚えがないの?」 「ないんだよねぇ。 うん?」 心魅さんの方に目を向ける。するとその向こうにいる真名の姿も目に入る。その真名が、どうしてかお皿を拭きながら遠い目をしていた。あ、因みにこの家に食洗器はない。 「真名? どうかしたかい?」 オレがそう尋ねると、心魅さんも真名に顔を向ける。 しかし真名はと言うと遠い目をしたままで、 『……いや』 そう、心ここにあらずに言葉を零す。 『妊娠――になにか……』 『そうね、そろそろ話しましょう』 つまる真名に代わって言葉を割り込ませたのは、一夜だ。 『私は懐中時計。私の力では時を止めることはできないけれど、現象を止めるくらいは可能よ』 「現象? なんのだい?」 『かろうじて止められたのは私に向けられた力だけだったけれど、あの子の「日記」は記憶の編集ができるみたいね。 貴方たち、みんな術中にはまったのよ。 巡 叶のね』
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