浮きかけた脚が思わず止まるほどの大声だ。体と心は一瞬硬直し、次いでまず心魅さんの身を案じた。彼女も驚いたようで目を大きく見開いていて、その手には数枚のトランプが握られていた。どうやら心魅さんもロイヤルパープルに対しなんらかのアクションをとろうとしていたらしい。 と、オレと心魅さんの視線があった。オレの視線に気づいた――と言うより彼女もオレにまず目がいった、そんな感じだ。互い一つ頷きあって、今度は怒声のした方へと目を向ける。 怒声の主、オレたちのもとを訪れた白人の男性は怒り露わにロイヤルパープルを睨みつけていた。 「……なんです? 今、動こうとしたお坊ちゃんではなく下名にやめろ言いましたよね?」 「当然だ」 「貴方ただの付き添いでしょう? お坊ちゃんとお嬢ちゃんを迎えにいくだけの人でしょう? いつから下名に怒って良い立場になりました?」 肩に下げていたポーチに手を突っ込むロイヤルパープル。抜き出された手に握られているのは、銃だ。ただその銃は通常の銃弾を撃ち出すモノとは思えない形状と色をしている。 まさかあれも―― 「ええ、ええそうです。これも聖品ですよ。流石“本物”をお持ちである。お坊ちゃんもお嬢ちゃんも気づかれましたね。 こいつは感情を破壊する銃です。無論、一撃で全て壊すのではありません。 設定したワードから関連する感情を引き出し、そこだけを砕く、そんな銃ですよ」 ロイヤルパープルの口元に嗤いが戻った。場を楽しむモノだ。 いけ好かない男だなホントに。 「ロンドくん、ご覚悟は宜しいですね? 怒鳴った罰を与えます」 銃を持った腕がまっすぐ伸ばされる。ロンド――そう呼ばれた白人男性に向けて。しかし。 「お止めなさいコラールくん」 ロンドさんの前に風船を持った黒人男性、コラールさんが進み出る。 「ロンドくんを庇っても風船は起動しませんよ。 それは殺傷の肩代わりをしてくれる身代わり風船。感情を持たない風船に感情破壊の身代わりはできません。 創った下名が言うのです。間違いありませんよ」 「ならばこの身をもって邪魔をするまでです。 それと、迎えにいくだけと言うのは間違いです。 貴方は聖品の精度を高める為にオリジナルを欲し、こちらは奇跡認定員が動くべきか見極める為にこのお二人のもとを訪れている。 ロイヤルパープル、貴方にとって目的を達せないのは苦痛であろう。 お二人を呼んだ目的も、ロンドに一撃をと言う目的も達せませんよ」 震える体に鞭打って、気丈に発する。 「確かに苦痛ですね。 でも大丈夫。 聖品オリジナルは奪ってしまえば良いだけ。 ロンドくんに関しても盾になる貴方の感情が破壊される瞬間その体は数秒止まります。思考も含めてね。 その瞬間に下名はロンドくんを撃ちます。目的は達せられるのです。コラールくんの感情が無意味に壊れるだけで。 ……お嬢ちゃんもお止めなさいな。 こうして下名を短剣で取り囲んでもさほど意味はないでしょう?」 心魅さんは今の話の途中でトランプを起動させている。 起動させたトランプは『スペードの3』。 「そいつにどんな効果があるのか存じませんが、お嬢ちゃんでは下名を傷つけるなんてムリでしょう? 虚勢なんてはるだけムダです」 「そんなことない。 貴方が銃を撃ったらその子たちは貴方を攻撃します」 「それがムダだって言ってるんですが。 下名が銃を撃った後に下名を攻撃してなんになります? 銃弾はコラールくんにあたります。その後下名に短剣が刺さるとしましょう。例えば命が絶たれたとしましょう。けれどそれだけです。コラールくんの壊れた感情は戻らない。 やるならば下名が撃つ前にしなければ。 でもできますそれ? できないでしょう? だって貴女は優しいから。 だって貴女はバカだから。 誰かが誰かを攻撃するまで攻撃できない。 ジツにムダな行為です。 ジツにムダな心です。 ジツにムダな犠牲です。 ねえそうでしょう、お坊ちゃん? 今にも下名に飛びかかりそうなお坊ちゃん?」 ロイヤルパープルを取り囲む短剣には一つだけ隙間がある。オレがロイヤルパープルに一直線に立ち向かっていけるように開いた『道』だ。無論心魅さんの意志によってあけられたモノである。 「しかしお坊ちゃんには攻撃の手段が殴る蹴る絞める投げるしかない。 良いですか? 一つで下名が射撃します。 二つでお嬢ちゃんが下名を攻撃します。 三つでお坊ちゃんが下名に向かってきます。 四つで下名はお坊ちゃんを射撃します。 こう言う実験をご存じですか? 『ギロチンが落ちてきて、この首ははねられる。その後死ぬまで幾度か瞬きをしよう。それが最良と言われ続けるギロチン刑の苦痛の時間だ。その時間を記録し、ギロチン刑の残酷性を世に訴えて欲しい』 実際に行われた実験です。 下名をお嬢ちゃんが攻撃しても下名の意識は数秒残る。 その間に下名はお坊ちゃんを撃ちます。 なので全てムダ無意味。 それよりこうしましょう。 お坊ちゃん、お嬢ちゃん。 貴方ガタの持つ聖品をこちらにください。それでこの場は静めましょうよ」 「「断る!」」
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