「簡単だよ。ね、心覇くん」 「うん」 『え? そうなの?』 一夜の話を聞いて、渋面を作る真名と妙に納得してしまったオレと心魅さん。 察すべき叶さんの気持ち――今のオレたちならばきちんと理解できる。できていると思う。 「叶さんはね、真名にあとくされのない『家族』をあげたかったのさ」 けれどそれは自分――叶さん自身ではなく。 叶さんは自分の存在が重みになると思ったのだろう。産めぬ確率の高い子の存在が重みになると思ったのだろう。 だから自分たちの記憶を真名から消したかった。 最悪の状況下で真名が連れてくる人たち――オレたちだ――に全てを託して、消してしまいたかったのだ。 『今の我には――』 重い空気が沈殿する中、真名が口を開く。 『叶と言う女性の顔すら思い出せない。 しかしナゼだろう……なんなのだろう、この首を絞められるよりも苦しい心は……?』 決まっている。 その気持ち、その心こそ人を愛する心だ。 だから、その心を決して無にしてはならない。 してたまるものか。 「オレ、叶さんの気持ちがわからないんじゃないけどさ、忘れるんじゃなくて二人――いや三人か、真名・叶さん・それに二人の子供にはきちんと前を向いて幸せになってほしい。 サヨナラでなかったことにする、それは違うと思う」 「うん。 人はきっと、生きて幸せになれる、その為の力があると思う。 聞いて真名。 叶さんはきっと先のない人生に幕を降ろしたつもりだろうけれど、わたしたちがもう一度幕をあけようよ」 真名は、座して瞼を落としたまま上を見ない。ずっと考えこんでいる。 オレたちは彼の言葉を待った。 ここで発言しなければならないのは、決意しそれを表明しなければならないのは彼だからだ。 『……我は』 時計の針の進む音と、外から聞こえる車の音だけが響いて二分後、真名は口を開く。 『正直に言おう。我は、非常にムカついている』 うん? 『そうだろう? 叶は我の気持ちを無視し己の思う幸福こそを最良として記憶を消したのだ。 なんとも腹立たしい。 これは、一度叱ってやらねばなるまい。 直接、叶に逢って!』 そう言って真名は顔を上げる。瞼を開く。 決意に満ちた表情で。 ならば。 『頼む。叶を探し出すのを手伝ってはくれまいか』 「「もちろん!」」
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