S <また、恋をする>
第10話★幕間・21グラムの体温

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★ー幕間・始ー★  蜂が飛んでいる。  花々が咲き始める四月の始め、この春も蜜蜂が飛んでいる。  僕は顔を上向けて空を見る。  少し前まで雨が毎日のように降っていたと言うのに今は快晴。  空にある色は蒼と雲の白。  遠くを見ると黒い雲があった。  ひょっとしたら夜になる前に雨になるかもしれない。  帰った方が良いだろうか?  そう思いながらも僕は腰を浮かさない。  僕が乗っているのは壊れた馬のおもちゃ。  小さく気持ちばかりのメリーゴーランドのその一つだ。  右を見るとゴーカート。  左を見るとお化け屋敷。  どれもこれも壊れていて草葉が巻きついていたりする。  ここは僕が子供の頃に閉鎖された遊園地。否、遊園地だったモノ。  山を切り開いて造られた田舎の片隅。  僕はこの場所がお気に入りだった。  都会の遊園地に比べたら実に小さく魅力の欠片もないと言う人もいるだろう。  けれど僕はこの場所がお気に入りだった。  子供に優しい利用料。  子供に暖かいスタッフ。  子供にフレンドリーなマスコット。  そんな田舎の遊園地が閉鎖されたのには理由がある。  幽霊が出る――  この噂に振り回されて客足は減り――と言うことはなく、むしろ伸びた。  田舎には話題の一つも必要だ。  だけれど増えた客を捌く為に全力で回り続ける遊具の劣化は激しくて。  とうとう悲鳴をあげて幾つも壊れてしまったのだ。  直す費用はかさみ、運営会社は閉鎖する道を選んだ。  それから十年。  僕は毎年とある日にここにきている。  くだんの幽霊に逢う為に。  その子は僕の双子の妹。  妹として産まれるはずだった子。  僕は無事に産まれたけれど妹は産まれることすらできなかった。  僕が妹の命を吸い取ってしまったのだと思う。  始めて妹をたのは五歳の誕生日。  両親に連れてきてもらったこの遊園地で妹は僕の手を握っていた。  怖かった。怖くて泣いた。  けれど妹はケラケラと笑っていて。  両親には妹が視えていないし、他の誰にも視えていなかった。  泣き続ける僕に困惑する両親をよそに妹は僕の手を引っ張ってずんずん進んだ。  終いには僕にしがみついてくる。  そんな様子が可愛くて。  だから僕の涙はいつの間にか止まっていて。  それ以来僕は毎年ここにくる。  一年、また一年。  妹は少しずつ大きくなって。  僕もまた少しずつ大きくなって。  きっと僕たちがこうして逢い続けるのには意味があった。  今は言葉を交わせないけれど触れてくる妹の体には体温があって。  ひょっとしたら妹は体に入っていないだけで生きているのかもしれなくて。  今日も妹は僕の手を握っている。引っ張っている。  ここが廃遊園地となってもまだ妹はここにいる。  妹といる時だけここは生き返る。  僕はきっと幻想を見ている。壊れている。  呪われているのかも。  それでも良いと思った。  妹を一人にはしない。  でも死ぬわけにはいかない。それをしたら両親が壊れてしまうから。  だから僕は年に一度しかここにこない。  妹が笑っている。  魂を持った遊具が笑っている。  音楽が笑い、マスコットが笑っている。  その中で僕は妹と一緒に笑っている。  誕生日であり、命日であるこの日に限り、みんな笑っている。  この奇跡の一日を僕は死ぬまで繰り返す。  あるいは呪われた一日を繰り返す。  近くにいる妹の体温を感じながら。 ★ー幕間・終ー★

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