S <また、恋をする>
第48話「……いつか、オレたちも」

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 それから更に一ヶ月が経過し。 「心覇このはくん!」 「おおう⁉」 「おおっとごめんなさい!」  ぴしゃん! と閉じられる曇りガラスのドア。  新生活の戸惑いも落ち着きオレと心魅このみさんが揃って始めた小料理亭でのバイトを終えて二十時を回った頃、呑気にお風呂に入っていたら心魅さんが突撃してきたのだ。  シャワーを浴びている時だったからお尻丸見えだ。恥ずかしい。鍵かけてなかったオレも悪いんだけど。 「お風呂あがるまで何分?」 「えっと……残り体流すだけだから二・三分。  なにかあった?」 「あったあった。  真名まなから連絡があってね、かなうさんが産気づいたって!」 「え!」  そりゃ大ごとだ。 「予定通り自宅出産⁉」 「うん、そうするみたい!」 「わかった、急いで出るから脱衣場空けて!」 「あそっか。パジャマじゃなくて普段着脱衣場の外に置いとくね」 「うん、ありがとう」  急ぎ体についた石鹸の泡を流し、浴室から外に出る。  下着を履いて、そっと脱衣場のドアを開けるときちんと畳まれた普段着が籠の中に置かれていた。オレは服を掴んでもう一度脱衣場のドアを閉めて、着衣。  髪はどうしよう? 乾かしている時間あるかな? と少し悩んだが悩んでいる時間がもったいなかったので適当にドライヤーをかけて外に出た。夜とは言えもう初夏の始まり。残りの水分は自然と乾くだろう。 「心魅さん、こっち準備完了」 「わたしも」  先にお風呂に入ってパジャマ姿だった心魅さんも外出用の普段着にモデルチェンジ済。  あとは。 「一夜いちやは?」 『ここよ』  本人からの返事があった。顔を向けると自分の家から本体である懐中時計を持って降りてくるところ。  オレはそんな一夜を肩に乗せて、心魅さんに目を移す。 「「行こう」」  言葉がハモッて、同時に頷き合うと玄関へ。靴を履いて外に出た。  田舎の夜は基本非常に暗い。夜まで営業しているお店も街灯もほとんどない為だ。けれど今日は比較的明るい方か。夜空の真ん中あたりに満月が威風堂々と輝いているから。まあそれでも安全を考えて懐中電灯は点けているが。  叶さんの家が近くで良かった。オレたちは四・五分走ってすぐに辿り着けた。  チャイムを鳴らすとすぐに真名が出てきてくれる。 「産まれちゃった?」 『いや、まだだあるじ。  今助産婦方と一緒に浴室にいる。  我は戻るが、すまないがリビングで待っていてくれ』 「うん」  オレたちがいたら邪魔にしかならないだろうから素直に従った。  けれど二人揃ってソワソワし続け、心魅さんに至っては座ってもいられないようで部屋中を歩き回っている。  そして十分が過ぎると言うところで――赤ちゃんの泣き声が響いた。 「良かった~」  産声を聞いていっきに気が緩んだのだろう。ぺたんと座り込む心魅さん。まだ赤ちゃんに逢ってもいないのにすでに目が潤んでいてすぐにでも泣きだしそうだ。 『待たせた』 「お待たせしました」  やがて、赤ちゃんを抱きかかえた車椅子の叶さんと真名、それに助産婦さんが姿を見せて。  どうやら赤ちゃんの産湯はもう済ませているらしく、湯気が体から上がっていた。  助産婦さんはやって良いことと悪いことを叶さんと真名に話し、そのまま帰宅。  部屋に残されたオレたち五人はちょっとだけ無言になって、全員一緒に安堵のため息。 「触っても大丈夫?」  おっかなびっくり赤ちゃんに向けて手を伸ばしながら、心魅さん。 「大丈夫ですよ、どうぞ。心覇さんも」 「は、ハイ」  オレは右頬を、心魅さんは左頬を指でつついてみる。  あったかい……柔らかい……。  そんな感情をわかせていると赤ちゃんが二人の指を握ってきた。  思ったよりも握力のある小さな手。  これが……赤ちゃんかぁ。  考えてみたら赤ちゃんに触れるのって初めてだ。  なんだろう……心、ときめきまくり。 「この子の名前は?」  と、オレ。感動で聞いていなかった。あ、性別も聞いてない。 「きょう。めぐり きょう。男の子です」  響くん……か。  良い響きである。  この子の未来が輝かしく世界に響き渡ると良いな。  その後、叶さんは仕事仲間含む知人友人に出産しましたよと連絡を入れオレたちは響くんを起こさないようささやかながらに出産おめでとうパーティーを開き、三人の時間を作る為家をあとにした。 「なんか、すごかったねぇ心覇くん」 「……うん」 「ん? なんか悩んでる?」 「いや……悩んでいるんじゃなくて」  足を止めて、心魅さんを見る。ジッと、顔を見つめる。 「うん?」 「……いつか、オレたちも」  心魅さんの目がわずかに開かれた。オレの言いたい内容が伝わったのだ。だから一瞬口を開きかけ、しかし言葉が見つからなかったのか閉じられて代わりに、月光のもとこれまで見たことがないほどの優しい微笑みを魅せるのだった。

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