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 昼下がりの喫茶店で、アイスコーヒーを口に含む。さっきシロップをひとつ注いだものの、苦い。白いストローから口を離すと、真っ黒な液体がするするとストローを下りグラスに戻っていく。私はコーヒーの苦みが表情にまでにじんでしまわないよう、意識して眉と眉の間をゆるめていた。  向かい側に腰を下ろす彼は、ソーダ水をストローでくるくるかき混ぜている。ここの喫茶店のいちおしメニューであるソーダ水は、透んだシロップみたいな水色。そのきらきらした水色を瞳に反映させ、彼の目はビー玉みたいに光をゆらめかせている。 「なんか、結構久々に来た感じするなぁ。ここ」 「そだね」  古い、というよりもレトロといった風情なこの純喫茶は、私たちが高校生だった頃からよく通っていた。  窓の外に見える空は、ツユ明けのまぶしい太陽が顔を出し、アスファルトを照らしている。私はなんとなく彼を見られなくて、窓越しの気だるい光に視線を向けていると、 「なんでコーヒー?」  彼が言った。 「え?」 「いつも、バニラアイスとか生クリームとか乗ってるやつ頼んでんじゃん」 「あぁ、うん。今日はなんとなく。ひとくちあげよっか」 「俺コーヒー飲めないってば」  彼が形のいい眉をハの字にして笑った。付き合いはじめた頃から変わらないこの笑い顔は、いつも私の胸をきゅうっと締めつける。  やーい、という顔で仰々しくコーヒーを飲んで見せると、くすくすした笑いがふたりの間に転がり、ちょっとだけ、張り詰めていた空気がやわらかくなった気がした。 「大学どう?」  きれいな水色をストローで喉に通し、彼が言った。 「どうって言われても、別に変わんないよ。フツー。そっちは、荷物とかもう全部東京に送ったの?」 「おう。俺の段ボール、ほとんど漫画ばっかだけど」 「いや待って。ひとまずマネージャー、って人のとこに一緒に住まわせてもらうんでしょ? 限られた居住スペースを漫画で埋めちゃっていいのかい」 「それもそうだなぁ」 「それもそうだなぁ、じゃないよ! 能天気か! なんか……いろいろ心配だよ」 「心配すんな。マネージャー、男だし」  別にそういうことじゃないし、と小さくぼやくと彼が満足そうにふふっと笑い、ソーダ水の水面を揺らした。  彼はソーダみたいな人だと思う。しゅわしゅわと光を弾けさせるみたいに、彼の声や笑い顔はいつも眩しくて、きれいだ。  などとぼんやり考えていると、 「あ、ごめん。電話出てくる」  彼のスマホが振動し、スマホを片手に席を外した。出会った頃よりもずいぶん大きく感じる背中が、静かに遠ざかっていく。多分、マネージャーサン、なんだろう。  カラン、と入り口のカウベルが鳴る。彼が外に出たのを確認し、私はそっと息を吐いた。コーヒーのそれとはちがう、胸に滲む、苦くてもやもやしたものを吐き出すように。        *  初めて言葉を交わしたのは、高校二年生の夏。夜のコンビニエンスストアだった。 「あ」  目が合った瞬間、彼はそうこぼし私を指差した。レジに立っていた私は、心臓の片隅がひやりと凍った。とうとう、高校の顔見知りに会ってしまった。これを避けるため、わざわざ隣町のコンビニを選んだのに。  うちの高校はアルバイトが禁止だった。けれど私は家計に余裕があるわけではなかったから、奨学金試験の勉強をしながら、高校に内緒でバイトをし、大学進学に向けての資金を貯めていた。  いつかはこういう日が来るかもと覚悟はしていたけれど、幸い、彼には交渉できそうな雰囲気があった。レジに水だけ持ってきた彼に、「あの……誰にも言わないでほしいんだけど……」私はぼそぼそと申し出た。 「鈴木さん、この辺に住んでんの?」  しかし、彼からは全く文脈を無視した返事が返ってきたのだった。夜のコンビニは彼しかお客さんがいなかった。私は声を落とし、次の言葉を続けた。 「えっいや、違うけど……」 「そうだよね。ここらから通う生徒ってあんまいないし。駅までの道暗いし、帰り気をつけて」 「あぁ、うん」  私が言葉を詰まらせていると、「あぁ。別に俺、言う人も言う機会もないし」そうあっさりした口調で言い、彼は店を出ていった。  彼とは“ひとときだけ”同じクラスだった。  というのも、彼は二年のはじめの頃に高校を辞めていた。その時はまだ、内実はよく知らなくて、でも彼は一年の頃からしょっちゅう学校をサボっていて、自主退学だった、ということだけはうわさとして耳にしていた。  だから、鈴木さん、と彼が私の名前をさらりと口にしたとき、一瞬、上手に反応ができなかった。彼の奔放ぶりは有名だったので、勝手に噂話が耳に入ってくることもあり、私は彼の名前を認識していたけど、彼が私の名前を知っているのが意外だった。  などと考えながら、夜、バイトを終え帰り道をたどっていると、暗がりの公園から、ポロン、ポロン……、と途切れ途切れの音色が聴こえてくるのだった。  音のほうへ視線を向けると、ベンチで背を丸める人のシルエットが見えた。つい先ほど見たばかりのTシャツ。暗闇によく目を凝らすと、彼が、ギターを抱えて座っていることがわかった。  彼は私に気づき手を振った。夜闇に、彼の手のひらの白さがひらめいていた。私は小さくお辞儀を返し、そのまま通り過ぎ去った。  以来、その公園でよく彼がギターを弾いてる姿を見かけるようになった。バイト終わり、通りがかる際に視線が重なるものだから、なんだか素通りするわけにもいかず、いつからか、私もベンチに腰掛け、彼と夜のおしゃべりを交わすようになった。  公園は、植物の濃いにおいや、ひんやりした風も心地よく、夜の空気は私の心を自然と開かせた。  彼がギターを弾きながら歌を口ずさむのを、私は静かに聴いていた。誰の曲かと尋ねると、「俺のー」と彼が目を合わさないまま、歌うような口ぶりで教えてくれた。  それらはとてもすてきな曲だったから、彼が作ったのだと知り驚いたけれど、でもどこかで当然のような気もしていた。だって、透んだ水色の膜で包まれたみたいな彼の歌声と、明るいのにもの悲しいみたいなメロディは、あまりにぴったりハマっていたから。彼の隣でそのすてきな曲に耳を澄ますのが、私のバイト終わりの楽しみになっていた。 「夜の空気が好きなんだ。このあたりはパトロールの目が届かないみたいだから、よく来る」  いつか、彼がそんな風に言った。 「ふうん。うちの人は心配しないの?」 「ん。放任主義、ってやつ。自由な家だなーって我ながら思うよ。てかそっちこそじゃないの。女の子だし」 「あぁ、うち内緒にしてるから」 「はっ?」 「バイト入れるのは、お母さんが夜勤の時だけ。お父さんはいないし。大学のこと考えたら、お金貯めといたほうがいいかなと思って。お母さんがちょっとは楽になったらいいなぁと。けど、うちけっこう過保護だから、バレたらヤバイかも」  とそこまで口にし、ハッとした。こういった身の上話をした時、相手の瞳に宿る同情の色に触れると、いつも気まずい気持ちになる。彼にはするすると言葉をこぼしてしまうから不思議だ。ちらり、と彼を盗み見ると、 「鈴木、すっげぇな」  彼は言い、まるで真夏の打上花火みたいな、とてもいい笑顔を弾けさせた。あまりにいいから、「いやべつに……」私は語尾をぼやかすようにして、パッと目を逸らしてしまう。  ミュージシャンになりたい、という明確な夢がある彼のほうが何倍もすごいのに、そんな風に言われるとなにやら照れくさく、うまく顔を見られなかった。    そうやって、私たちは夜に会っておしゃべりをした。約束をするでもなく、ただいつも彼が夜の公園にいて、私が隣に腰を下ろす。そうして、ひっそりとふたり夜に染まっていくのを、いつも彼の音楽が優しく包んでくれた。私は、その時間だけがこの世の愛おしいもののように思えた。  しかしある夜、とうとう私のバイト事情が母にバレてしまったのだった。  母は仕事から帰った途端、すごい剣幕で私に言い募ってきた。「片親だからって不自由させないように、こっちだって必死に働いてるのに……、」とか、内容はそんなことだった気がする。母の声は耳を素通りするばかりであまり覚えていないけど、とにかく一方的に叱られたことにムカついて、私は衝動的に家を飛び出した。  夜の暗闇を、ただめちゃくちゃに走った。なまぬるい空気が肌をたたく。地面を蹴るたびに私のちっぽけな心はぐにゃりとゆがみ、息が詰まって苦しくなった。  母はとても優しくて立派な人だ。時には朝方まで働きながらも、毎日欠かさずお弁当やご飯の支度をしてくれる。母を心配させないようにと、私は昔から母の言うことはなんでもよく聞く子どもだった。そんな娘が、自分にも高校にも隠れて校則違反をしていたことに動揺し、少々言葉を荒げてしまったのだと思う。そうすぐ理解できたのだけど、でも「お母さんを思ってやったことなのにっ……」と気持ちが荒むのをとめられず、私は家を出た。  行くあてなど、ひとつしかなかった。 「あれ、どしたの」  いつもの公園で、彼はやっぱりギターを抱えていた。彼の声を聞いた途端、眼球がじわじわあたたかく湿りだし、やがてまつげをらした。  立ち尽くし、ぽたぽた涙を落としていると、彼が私に座るよう促した。黙って隣に腰を下ろす。彼は平然とした様子で、相変わらずぽろぽろギターを弾いていた。 「昨日バイト先でさぁ」  月明かりだけが灯る公園で、彼は弦をつま弾く手元に視線を落としたまま、話し出した。 「すっげぇ話の長い社員の先輩がいてさ。いい人なんだけど、昨日は一段と長話で。だから、はぁ、とか、ひぇー、とかって相槌あいづち打って聞いてたわけ」 「……うん」 「話はマジでとりとめなくて面倒だったけど、先輩、最後まで俺が相槌にハ行を使い回してるの気づかなくて、なんか勝った気分だった」  そう彼が眉を下げて笑った。あ、眉もハ行のハだ、と思ったらなんだかひどくおかしくなってきて、「……くっ、あははっ」私は声を上げ笑った。そうやってふたりで笑い合っていると、やわく腐った気持ちがするすると夜に吸い込まれていき、グラグラだった心が徐々に均衡を取り戻していくのだった。  彼を見ると、ちょうど目が合った。私は全身に「ぐうう」と力を込めた。そうしてないと、今にも心臓が喉から飛び出してきそうだった。まっすぐ見つめられると、心をぎゅっと握られたみたいに、切なくなった。 「帰んなくていーの」 「……帰る」  私は小さくつぶやいた。切りっぱなしにしていたスマホの電源を入れると、母から何件も着信が入っていた。きっと顔を青くし心配している母のもとに帰って、きちんと話をしないと。彼がにやにやと笑っていた。私の未熟さを全て見透かされてるみたいで恥ずかしかった。 「やめてそのにやにや」  私が頬を熱くして言うと、彼はさらににっこりと意地悪な笑い方をするから、もうなんだかどうでもよくなって、鼓動の音を密かに高くしながら、私たちは並んで帰路をたどった。  街灯もない暗がりの道。  雲が流れて月を隠し、夜道が陰ったとき。  彼を見上げると、彼の肌の温度がふってきて、キスされた。 「好き。ずっと」  これを言ったのは私。唇が離れると、すぐに口をついて出てきた。  遅れて、「キスをされた」という現実が一気に迫ってきて、ぼっと顔が発火した。  うん、と彼が短く言い、手を差し出してくれた。私は暴れまわる心臓をなだめながらそっと指を絡ませ、黙って駅までの道を歩いたのだった。        *  アイスコーヒーをひとくち含む。  そんなことを思い出しながら、ひとり、席でぼんやりしていた。  この喫茶店で、私たちはよくデートをした。あの公園のすぐそばにある店で、この席からも、ちょうど窓越しに公園のベンチが見える。日中はここで好きなものを頼み何でもないおしゃべりをして、日が落ちると、人気(ひとけ)のなくなった公園に寄って、イヤホンを分け合い彼の新曲を聴いたりして。そうやって過ごす日々を、私は心から愛おしく思う。  窓の外の彼に目をやる。通話はまだ終わっていないみたいだ。真面目な顔になったり、笑ったり、眉間にしわを寄せたり。きっと、これからのことなど話してるのかもしれない。  彼はこの1ヶ月の間で、何度か東京に足を運んでいた。数ヶ月ほど前、彼はインターネット上に外国の曲をカバーした動画を投稿したのだけど、なにやらそれをみたゲーノージムショだかオンガクジムショだかから連絡がきたらしい。  面接みたいなことを東京で何度かやり、最終的に、彼は上京し本格的に音楽活動をはじめることになった。  そして今日。  この店を出ればそのまま新幹線に乗り、彼は東京へ旅立つ。  その前に、私は彼に言わなければならないことがある。  カラン、と氷がぶつかる音を立てながら、私はゆっくりコーヒーを喉に流す。ついさっきもシロップを追加したのに、どうしたって苦い。あぁ、胃にきりきり染みてくる。コーヒーにはリラックス効果がある、などとうたっていたネット記事は丸切りウソだ。動悸どうきは早まるばかりだ。 「ごめん、長くなって」  思い詰めていたせいか、彼が戻って来る気配に気づけなかった。私は慌てて笑おうとしたけど、うまくできていたかわからない。  彼がソーダ水をストローで吸い上げる。  グラスの中で気泡が立ち上り、しゅわしゅわ弾けては、消えていく。 「そろそろ、新幹線の時間だよね」  そうだ、早く言うのだ。 「んー、まぁそろそろだなぁ。でも最後にここ来れてよかった」 「うん」 「しかし、こう天気がいいと眠たくなってくるな」 「あぁ……楽しみで、昨日寝れなかったんでしょ」  そんなこといいから、言え。私。 「それもある」 「子どもか」 「眠れなすぎて、サインとか考えはじめちゃって」 「へぇ……」  彼の瞳に期待の光がきらきら宿っている。本当に、この世の楽しみを全て集めたみたいな顔。そんな顔で見つめないで。今言うのが一番“きれい”なのに、言葉が出なくなる。 「書いちゃる」 「え……?」  私の憂苦など露ほども知らず、彼はにこにこ笑いながら、テーブル隅のアンケート用紙と共に置かれている、マジックペンを手に取った。彼が勢いよくキャップを外す。水色のペン先が、私の視界にぼんやり映る。 「ここに書くぞー」彼が私の左手を取り、手の背を指した。触れ合う体温に、私の胸は否応なしにときめいてしまう。彼は私の返事など待たず、鼻歌を口ずさみながらペンを落とす。  言わなきゃ……。  インクのにおいが鼻腔びくうを刺激する。つられて目の奥もつんとする。  早く、別れの一言を、さらりと伝えてしまうのだ。    本当は、出会った頃から、うすうす感じていたことだった。考えたくなくて、ずっと頭の隅に追いやっていただけ。  私たちが見つめている将来は、それぞれ別の場所にある。  地元の大学に進学し、そのうち就活がはじまって、きっとこのあたりの会社に勤める。という、昔からなんとなく描いていた私の漠然とした将来。彼みたいに具体的な夢があるわけじゃない。でも輪郭、みたいなものはあって、その形は今もなお、変わっていない。  私には、ここまで大切に育ててくれた母もいる。母のそばにいてあげたいと思う気持ちも変わらない。  単純なことだ。  私は地元しか知らないし、そうじゃない自分はうまく想像ができない。  彼は東京へ発ち、ずっと大切にあたためてきた夢をつかもうとしている。  私たちの、ふたつの未来がひとつに重なることは、ないのだ。  彼が私の手をとり、書きづらそうにサインらしきものを書いている。手に書いたりするからよれよれだ。それに手に書いたら、もう消えてしまうじゃないか。いやそれでいいのかな。残り続けるほど、忘れられなくなるし。  この、おそらく彼が書く最初のサインが、私が彼からもらう最後の想い出。  ぎゅっと強く目をつむる。その完成を見届けたら、私はきちんと伝えなきゃ。 「できたー」  という声がついに耳に触れ、私はきつく閉じていた目をゆっくり開いた。泣きたい気持ちを必死にこらえ、自分の左手に目を落とす。 「…………っ、」  言おうとしていた言葉が、喉の奥で詰まり呼吸の軌道を塞いでしまって、苦しい。  そこにはよれよれのサインがあった。  その斜め上。  薬指の付け根を、水色の線がぐるりと囲んでいた。  まるで指輪みたいに。 「なんか、書きたくなった」  彼が目を伏し、パチパチまばたきをしながら言う。照れているときの彼の仕草。「今度買いに行こ」彼がまたぽそりとこぼす。おそろいのものを身につけるのをいつも嫌がるくせに、今さらそんな風に言うから、 「……今度って、いつ……っ、もう行っちゃうのに!」  ちがう、こんなワガママを言いたかったんじゃない。けれど今すぐ言葉を吐き出さないと、苦しくて息もできない。 「……さみしい」 「ん」 「ん、じゃない……っ! 東京なんて遠いよ、遠くて遠くて、なにも届かないみたい……。本当は、離れたくない、さみしい……っ」  そうじゃない、こんなものわかりの悪いこと言いたくない。そう思うのに、口をつい出るのをとめられない。  わかっていた。  私の心の底にあるのは、「さよなら」じゃなくて、「さみしい」という千切れそうな感情だということくらい。  だけど、「さみしい」とか「離れたくない」とか、そんな風にすがりついて、彼に困った顔をされるのが怖かった。だから、理解してるから、って顔して“きれい”に「さよなら」するつもりだったのに。  だめだ、眼球が熱くなって目の前がぼやける。滲む視界の中、彼が顔をくしゃりとさせ笑っているのが見えた。眉がハの字に下がっている。作り笑いじゃない、本当の笑顔。 「俺、別れないよ」  彼が優しい声で言う。彼はその透明な瞳で、いつだって私の憂いを見透かしてしまう。  私は頬を濡らしたまま、うん、と小さく頷いていた。 「ちょっとだけ公園寄ってこ」彼が言い、席を立った。私は目元を拭い、その大きな背中を追いけるのだった。  店を出ると、薄青い空は高く澄んでいて、風は夏が来る前特有の蒸れたにおいがした。  彼はこれから東京で、夢のために奔走する。いつもの公園にも、さみしい夜にも、彼の姿はなくなる。遠く離れることで、今私たちを“ふたり”としている透明なつながりが、ずっと同じ強さでいられる保証なんてない。  けれど、そんなことを延々と考えたって、結局は今日の行方すら、未熟な私にはわからない。  だったら。  だったら、彼のことを好きだという想いだけを誓って、信じて、“ふたり”のまま新しい明日を歩き出してもいいんじゃないか。そんな前向きさが、胸の中で温度を上げていた。  彼の隣に並び、私は一歩踏み出した。ツユ明けの太陽は陽差しがきつくて、思わず目を細めてしまう。その気だるい光が薬指に反射し、水色に光った。 了

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