下界の神様奮闘記
神様と猫③

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 施設から連れ帰ったオス猫、「すき焼き」は鳥居家の食材、……じゃなかった、新しい家族として迎えられた。帰りの車内では晴人くんがすき焼きを抱いておくと言って譲らなかったので、凪沙ちゃんから終始からかわれていた。 「神山さんも凪沙や晴人のために付いてきてもらって悪かったわねー」 「いえいえ、部屋にいても特にすることはないし暇だったので。それに、新しい家族が増える瞬間にも立ち会うことが出来ましたし」 「こりゃぁ、特別手当を付けないとな! 次の賃金に上乗せしといてやるよ!」 「お気持ちだけで大丈夫ですよ! 特に僕は何にもしていませんし!」  こんなやり取り中も凪沙ちゃんは晴人くんをからかい続けていた。おそらく、あまりにも晴人くんがすき焼きを独り占めしているから、自分も抱きたいのに抱けないというジェラシーも含められているのだろう。なにはともあれ、この姉弟は今日も仲良しだ。 「基本的にすき焼きは2階の住居部分で飼育します。1階部分に行っちゃうと衛生的にも良くないですからね。遊び道具なんかは私の部屋に……」 「なんで姉ちゃんの部屋なんだよ! そういうのは俺の部屋に置くって決めてんだから、姉ちゃんの部屋にはトイレでも置けばいいじゃん!」 「ふーん。美鈴ちゃんにはなんて言おうかしらぁ?」 「……。わかったよ、遊び道具は半分ずつだからな」  そんな微笑ましい会話の最中、すき焼きがこっちにやってきた。よく見ると、たしかに可愛い猫だな。二人が言い争っているうちにモフモフしとくか。 「よーし、よし。こっちにおいでー」 「にゃーご」 「よしよし、よーし。良い子だねー」 「にゃーご、にゃーご。……ふしゃーっ! !」 「! ?」  気付いたときには顔がヒリヒリしていた。思いっきり引っかかれてしまったのだ。漫画でしか見たことのない三本線が、顔に刻まれてはいないだろうか。 「あーっ! ダメでしょ、すき焼き! 神山さんにも改めて挨拶しなきゃ! ほら!」 「にゃーご、にゃーご」  鳥居家には既に懐いているのに、なんで俺には懐いてくれないんだ? おじさんだからか?  「とりあえず、ご飯の時間やトイレを覚えさせないといけませんね。この子はいい子だからきっとすぐ覚えますよ!」  少なくとも、今の俺にはすき焼きがいい子とは思えなかった。初対面で顔を引っ掻くか? 普通。  私はこれからちょっと用事があるので、少しの間ここを空けます。お父さんとお母さんも明日の仕込みがあるらしいので、晴人と一緒にすき焼きを見ててもらえますか?  「あぁ、わかったよ。気をつけて行ってらっしゃい」  凪沙ちゃんは行ってしまった。ここには俺と晴人くんとすき焼きしかいない。めちゃくちゃ気まずかった。 「ぼ、僕もどっかに行ってこようかな……」 「本当はこいつと二人でいたかったけど、まぁ別に変な気を遣わなくていいよ。どこか行く宛も無いんだろ? こいつを見てたらいいじゃん。本当は二人でいたかったけど」  本音がダダ漏れしちゃってるぞ晴人くん。ま、まぁ、以前に比べたらマシにはなったかな……。 「食事とトイレを早めに覚えさせないとね。食事はともかく、トイレはどこに置くことになったの?」  鳥居家の2階の住居部分は、たとえるならリゾートホテルのように部屋と部屋の間に壁があまりなく、基本的には自由に行き来が出来るようになっている。  しかしプライバシーが全く無いわけではなく、アコーディオンカーテンで仕切れるようにはなっていた。  したがって、猫は自由に住居部分を行き来出来るようになっているわけだ。 「トイレは、神山さんの部屋のスペースだよ」 「……ん?」 「姉ちゃんと話し合ったんだけど、どっちも学校で使う参考書や道具が散乱しててさ。だから、神山さんの部屋ならあんまり物が無いから、そこでいいかなって」  俺の部屋は猫のトイレ部屋にもなったわけだ。こんなに悲しいことある?  「というわけで神山さん! トイレのしつけ頼んだぜ!」 「あ! ちょっと、晴人くん!」  晴人くんはどこかへ行ってしまった。これではトイレのしつけを頼まれたというより、押し付けられたという表現が適切ではないか……?  「仕方ない……。俺はあくまで鳥居家に置いてもらっている身だ。それに今の俺は、下界年齢でいえば50過ぎの「人間」、立派な大人だ。猫のトイレのしつけくらいは出来るだろう」 「ほーれ、ほれほれ。こっちにおいでー」 「にゃーご、にゃーご」 「ほれほれ、ほーれ。良い子だねー。トイレはこっちだよー。ほーれほれ」 「にゃーご、にゃー……、ふしゃーっ! !」 「! ?」  気付けば顔の三本線が増えていた。さっきとは違う方向に引っかかれてしまったのだ。くそぅ! 生意気な猫め……! 

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