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  「はい! よろこんでぇぇぇっ!」  4番テーブルは生ジョッキ追加、2番テーブルはお皿がたまってきたからそろそろバッシングに行かないと。あ、5番テーブルは新しくお客さんが座ったからお冷とおしぼり出さないと……。  結局、元神様なんて経歴を言い出せるわけがなく、完全無職扱いのホームレスに職は見つからなかった。ある役所の人からは生活保護の制度を紹介されたが、やはりそこは元神様のプライドが許さなかった。朝に鳥居家を出ていって、そして夕方には戻ってくる。戻ってきた時の鳥居家のみんなの顔が忘れられない。特に晴人くんの顔は般若みたいになっていた。 「人手不足だから助かるよ! まぁ、夕方に戻ってきた時はさすがに面食らったけどな! がははは」 「すみません……。やっぱり現実は厳しいですね。助かったのはこちらの方です。鳥居家の皆さんは命の恩人です」 「いいってことよ! なかなか見込みもあるようだしな! 凪沙も心配してたことだし、働いてくれるんなら気が済むまでここにいな!」 「すみません、本当に助かります」  下界では神様の能力はほとんど使えないこともあり、居酒屋の仕事にはなかなか慣れなかった。  しかし、ずっと天界にいたこともあってか、下界に降りてきて新鮮な気持ちで仕事が出来ていたのも事実だった。  それに、下界の食べ物も悪くない。むしろ、美味しい。特に気に入ったのは鶏の唐揚げ。これは人類の発明の中でも特に素晴らしいものではないかと思う。 「ホールが落ち着いてきたら皿洗いを頼む」 「わかりました。頃合いを見つけて入ります」  ここの居酒屋は繁盛しているようだった。途中で客が途切れるどころか、むしろ満席で断らざるを得ない状況も珍しくなかった。凪沙ちゃんと晴人くんは学校に行っているから、基本的には夫婦とアルバイトの数人で切り盛りしているらしい。人手不足になるのもうなずけるな。  ここでしばらくお世話になるにしても、その間に天界に戻るための術を考えなくてはならない。  しかし、周りに知り合いの元神様なんているわけがないし、そもそもクビになった神様が天界に戻れるのかも分からない。うーん、どうしようか……。 「お疲れさん! 疲れてるだろうから、先に飯食って風呂入りな! 明日は朝から仕込みがあるから早めに寝ろよ!」 「分かりました。お疲れ様です」  ご飯をいただこうと住居部分に上がる。部屋に向かう途中で凪沙ちゃんに会った。 「あ、神山さん! お疲れ様です! 居酒屋のお仕事、結構大変だったでしょう? 今日はゆっくり休んでくださいね!」 「ありがとう。凪沙ちゃんも、学校お疲れ様」 「ありがとうございます! でも、神山さんの疲れに比べたら全くです。それに、絵を描くのが好きなので、それについて学べる毎日が楽しいんです!」  ほんとできた娘さんだな。神様には人間の運命なんて決められないけど、凪沙ちゃんには芸術家として大成してほしいと強く願う。これは神様としてというよりも、下界の一人間としての願いかもしれない。 「あ、まだいたのかよ」 「こら、晴人! 神山さんはお疲れなの。少しは労ってあげなさい! 晴人ももう遅いんだから、早めに寝なさい。宿題は終わったの?」  晴人くんは本当にこのお姉ちゃんの弟か? 神を信じない人間もいるとは聞いていたが、この子は神を冒涜するタイプの人間だなおい。  しかし、今の俺は下界の人間。ここは一つ大人になって……。 「学校お疲れ様、晴人くん。お邪魔していてごめんね。極力邪魔にならないように気を付けるから、勘弁してくれるかな?」 「うるせー!」  この坊主は! そんなに俺が嫌いか! 

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