点滅する未来
点滅する未来

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 視界が滲んでいる。  まるで絵の具に水を落とした時のように、じわじわと広がって色が混ざっていく。    目を覚まさせたのは、電車の窓から見えた賑やかな看板だった。温かいシートが心地好くて、いつの間にか眠っていたらしい。  塾帰りの午後九時半。帰宅途中のサラリーマンが多い時間帯でも、この路線は比較的空いている。  握りしめたままの単語帳を見て、小さくため息をついた。  夢とか本当にやりたいこととか、みんなは大袈裟にキラキラさせるけれど、そんなものは一体何になるというのだろう。  どうせいつかは死んでしまうのに。  そんなことを考えているから、いつもみんなの話についていけない。  反応が薄い私に、隣の女の子が「冷めてるよね」と言った。  生きていくには必要なものがあって、みんなはそれを手にしているのに、私の手のひらだけは空っぽで、何かを掴んでもすり抜けていってしまう。私の中を通りすぎて、通り道に穴が空いてヒリヒリと痛む。  私なんか何をしてもどうせ駄目なんだと、開き直っても仕方ないのは分かっている。  それなのに、みんなと比べては足が止まることを考えてしまう。諦めきれないくせに。  目の前の疲れきったサラリーマンたちは、電車の中でぐったりと眠っている。眉間に皺を寄せて、苦いものでも食べているかのようだ。無造作に置かれた鞄も、疲弊した彼らのようにクタクタになっている。  あの人たちは、どんな未来を描いていたんだろう。見ていた光は、まだ心の中にあるのだろうか。  私はどんな大人になるのかな。  ホームに下りると、大きな月が浮かんでいた。賑やかな看板も高い建物もなくなって、空には月と星しかない。  冷たい空気を吸い込んで輝くエネルギーに変えているみたいに、チカチカと私の目を照らした。  コートのポケットの中で、スマホが点滅している。ボタンを押すと、クラスの女子のグループにメッセージが届いていた。  未読三十件。  増えていく数字に、うんざりする。きっとまた、クラスの男子の噂か何かだろう。  スマホの電源を切って、再びポケットに突っ込んだ。手元で光るそれは、今の私には邪魔なものでしかない。    私を照らすものはたくさんあるのに、本当に導いてくれるものは、ひとつもないんだ。  古びた電球に照らされた白い息が、空に届く前に消えていった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません