視界が滲んでいる。 まるで絵の具に水を落とした時のように、じわじわと広がって色が混ざっていく。 目を覚まさせたのは、電車の窓から見えた賑やかな看板だった。温かいシートが心地好くて、いつの間にか眠っていたらしい。 塾帰りの午後九時半。帰宅途中のサラリーマンが多い時間帯でも、この路線は比較的空いている。 握りしめたままの単語帳を見て、小さくため息をついた。 夢とか本当にやりたいこととか、みんなは大袈裟にキラキラさせるけれど、そんなものは一体何になるというのだろう。 どうせいつかは死んでしまうのに。 そんなことを考えているから、いつもみんなの話についていけない。 反応が薄い私に、隣の女の子が「冷めてるよね」と言った。 生きていくには必要なものがあって、みんなはそれを手にしているのに、私の手のひらだけは空っぽで、何かを掴んでもすり抜けていってしまう。私の中を通りすぎて、通り道に穴が空いてヒリヒリと痛む。 私なんか何をしてもどうせ駄目なんだと、開き直っても仕方ないのは分かっている。 それなのに、みんなと比べては足が止まることを考えてしまう。諦めきれないくせに。 目の前の疲れきったサラリーマンたちは、電車の中でぐったりと眠っている。眉間に皺を寄せて、苦いものでも食べているかのようだ。無造作に置かれた鞄も、疲弊した彼らのようにクタクタになっている。 あの人たちは、どんな未来を描いていたんだろう。見ていた光は、まだ心の中にあるのだろうか。 私はどんな大人になるのかな。 ホームに下りると、大きな月が浮かんでいた。賑やかな看板も高い建物もなくなって、空には月と星しかない。 冷たい空気を吸い込んで輝くエネルギーに変えているみたいに、チカチカと私の目を照らした。 コートのポケットの中で、スマホが点滅している。ボタンを押すと、クラスの女子のグループにメッセージが届いていた。 未読三十件。 増えていく数字に、うんざりする。きっとまた、クラスの男子の噂か何かだろう。 スマホの電源を切って、再びポケットに突っ込んだ。手元で光るそれは、今の私には邪魔なものでしかない。 私を照らすものはたくさんあるのに、本当に導いてくれるものは、ひとつもないんだ。 古びた電球に照らされた白い息が、空に届く前に消えていった。
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