葉桜の下
妻という名の他人とその血筋

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 駅では既に嫁さんの母親が待っていた。 「お義母さん! すみません、僕が先に着いたようだったのでちょっとコーヒー買いに行ってて」 「こっちこそ急でごめんなさいね、お祝いと一緒にね、さくらんぼ戴いたのよー。ほらこんなに」 「ああ、ほんとだ、たくさんですね」 「でしょう! あとこれ、お夕飯のおかずね」 「ありがとうございます」  急襲の理由がナマモノの消費期限とあっては納得せざるを得ない。元々、細かいことを気にしない嫁さんと違って、義母さんは割と気を遣ってくれるタイプだ。それだけに、ILNEでこのことを伝えてくれなかった嫁さんのほうに怒りが湧いてくる。   「ただいま」 「こんばん、は。調子どう? さくらちゃんは元気にしてる?」 「おかえりなさーい。さくらんぼ! お母さんさくらんぼは?」  着くなり義母さんは初孫へまっしぐら、嫁さんは僕の顔もろくに見もせずさくらんぼにまっしぐら。こういうところはさすが親子かと妙に感心する。  キッチンに袋を持って向かった嫁さんはさくらんぼを数個すすいで頬張ると孫をあやす母親のいる寝室へと入っていった。  いつになっても食事になる気配はない。 「食事は?」 「お先にどーぞー」  寝室のドアを少し開けて尋ねると、嫁さんからそっけない返事が返ってきた。仕方ないので義母さんのタッパーを開けて一人で夕食を済ませ、つまらないテレビの前でただ座って過ごす。  来客時はスマホに興じるわけにも、先に風呂ってわけにもいかないし、仮にテレビが面白くても、大笑いできるはずもない。それにどうだ、自分の家なのにこの疎外感。いまここで血が繋がっていないのは僕だけだ。ああ、早く帰ってくれと願うばかり。 「じゃあね、おやすみ。また来るね」 「ごちそうさまでした」 「またねー」  このあと、嫁さんと軽く言い合いになったのは言うまでもない。たぶん向こうはいつものことだと思っているのかもしれないが、僕の中ではいつもとは違う、離婚、の二文字が瞼の裏にちらついて目を閉じてもなかなか寝付けなかった。

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