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「こっちこっち!」  待ち合わせした五反目駅の改札を出ると、恭子が手を振っていた。 「スーツ姿、初めて見たかも。デキル女っぽい」 「えー、あそっかぁ、あたしたち高校以来だもんね。健二くんは……ブレザーとあんま変わんないよね、男子って」 「ひどいなぁ、お世辞でもそこはデキル男っぽいって言ってくれよ」 「あはは! ぶっちゃけカッコイイよ、なんかホントあたし間違えたなぁって感じ」  私服と制服のブレザー姿しか知らず、実家に届いた写真付き年賀状のウエディングドレス姿が僕の知ってる最新の恭子だった。スーツ女子なんて会社にも大勢いるのになぜこんなにも眩しく映るのか。理由は理解っている。それは僕が恭子を嫌いになって別れたからじゃないからだ。 「このへんでどう?」 「まかせるよ。五反目来たことないから」 「おっけ。ここ焼き鳥が美味しいんだよ」 「え、イタリアンって書いてあるのに?」 「ピザ釜で焼き鳥焼いてくれるの。焼きタコもあるよー」 「タコ焼きとイカ焼きならわかるけど、焼きタコかあ、気になるね」 「じゃ決まり!」    なんでもない会話にいちいちときめく。女子か僕は。  そこからのひとときは、高校時代の懐かしい話で盛り上がって、恋心はさておき本当に同窓会のような気分で時を忘れて愉しんだ。 「はぁー、久々に会社の人じゃない人と飲んだぁ」 「あーほらほら、いい大人が自分の飲める量くらいわかっとかないと。大丈夫?」  想像してたより酒に弱い恭子の脇を抱えて肩を貸す。これは……ハシゴは無理だな。 「……少し、休みたい……」  恭子が耳を疑う台詞を口にした。言葉そのままの意味なのか、それとも……? 「か、風にあたれば楽になるかな。駅のベンチあたりまで歩けそう?」 「……歩けなそう……」 「んじゃあ、じゃあ、スラバでも入る? コーヒー飲める?」 「……健二くんって、結構身持ち堅いんだねぇ。それとももうあたしに興味ないのかな」 「え……」 「ここ、五反目だよ、って来たことないなら知らないのか」  ……知ってるよ、ラブホテルで有名なんだろ。僕だって男だ。 「……泊まりは、無理だよ?」 「わかってる。軽く考えてよ、お互い大人でしょ」  五反目の飲み屋街はネオン街というには控えめな電飾の店が多い。そしてその裏通りのホテル街も大きな繁華街のそれよりはひっそりとしていた。何も考えずに歩いていればそれほど淫猥な雰囲気は感じないかもしれない。  通りに入ってすぐの建物でも良かったが、この不道徳な世界に足を踏み入れたことによる非日常的な浮遊感をもう少し味わいたくて、なんとなくそのまま歩き続けていた。  自分の靴音に合わせておぼつかない恭子のパンプスが踵を鳴らす音に、妙な興奮を覚える。 「そういえば、今日は奥さんの愚痴を聞くつもりだったんだけど、別の話で盛り上がっちゃってごめんね」 「いや、懐かしくて楽しかったよ。嫁さんは最近変わっちゃってね……」 「そうなんだ。何か原因とか心当たりないの?」 「んー、こども産んでからだな。こどもは可愛いんだけど、嫁さん寝てばっかりで飯も作ってくれないから僕が夕飯買って帰るんだよ。他にも布団干したりゴミ出したり……仕事して帰ってまた仕事って感じでこの一か月、ヘトヘトだよ」  ここで、恭子の足が止まった。しまった、これからって時に。話を振られたからと言って、もう少しムードを考えるべきだったかも。 「ごめん、こんな時に変な愚痴で」   「あのさ、あたしの離婚原因、それだから」 「え? それだから、って?」   「産後に旦那の理解がなくてね。ふう、あるあるなんだろうけど、まさかモトカレまでダメ夫だったなんて。あたしとことん見る目ないのかなぁ」  恭子の離婚原因と自分の今の状況が同じ…… 「離婚したいって言われた時に恭子の方から謝らなかったの?」 「はぁ? 離婚したいって言ったのはあたしだよ、ハラスメント、DVの類って自覚ないの?」  なんでこっちがDV扱いなんだ? 僕の中はあっという間に疑問符と怒りで溢れかえった。 「ないよ! それを言うなら家にいるだけなのにラーメンやどんぶり飯くらいも作らないほうがよっぽどDVだろ」 「こういう男ってやっぱりそういう思考回路なんだね。ビックリするわ。酔い醒めたし、帰る」 「あっそ、どうぞご勝手に。僕は誘われたから来ただけだし」  恭子は先ほどまでの揺らめくような足取りから一転して、カツカツと勢いよく高い音を立てながら駅の方角へと背を向け歩いて行った。  何なんだ、まったく。だけどよく考えたら、恭子は昔からこんな女だった。それでも付き合っている時は振り回されるのも楽しかったんだ。だけど小学校に上がる時に埋めたタイムカプセルが見つからなかった時も僕だけを悪者にして拗ねたから、そこからぎくしゃくして、そうこうしているうちに恭子に好きな男が出来て別れたんだ。幼馴染の関係から付き合おうと言い出したのも、そういえば恭子のほうだった。振り回されっぱなしだな、僕は。  たいして飲んでもいない上にこんな終わり方では面白くない。元の路地に戻り数杯の酒を立ち飲み屋で煽って帰路についた。

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