「ん? 気になるかい?」 桶に張った水へ沈めた腕には、金紅石。 「別に干からびるなんて事はないけど、たまには泳がせてやらないとね。だめだめ、触らせる気はないよ、こいつは欠けるとなかなか戻らないんだから」 笑うと、調子を合わせるように、水中でヒレが優雅にひらめく。 暗い銀色に見えたそれは、角度を変えると金色を見せ、次いで夕映えの雲を思わせる金紅の輝きできらめいた。 「うーん、あちこち歩き回って、ずいぶん来ちまったねぇ。いいや、旅には慣れてるからいいよ、さびしいって事もそんなにないさ、たまにはアンタみたいに話し相手も見つかるしね」 ただ、と頭上の星々へ目をやると、旅人は幾度か瞬きをする。 「探し物の途方もなさに、なんでこんなこと始めちまったのかとは、思うよねぇ。やれやれさ」 相槌をうつように、ぱちん、と控えめな音を立て、篝の中で火が爆ぜた。 旅人にはカペラの祝福。いちばん古い愛の言葉を探しているそうだ。 ある日ふと思い立ち、探し物を墓前に持って帰るため、旅に出たのだという。 「バカなロマンチストでね。この世に生まれた最初の言葉は愛の囁きに決まってる、なんて大真面目に言ってたよ」 鼻で笑うような口調とは裏腹に、金紅石のヒレは優しくゆったりと羽ばたいた。 「まぁ何だね、急にそんな気分になっちまったのさ、しょうがないだろ? 競争だなんて言われちゃあ、もう後には退けないしさ」 聞けば、トルコ石の旅人も同時に旅へ出たのだそうだ。ちょうど良いから同じ日に、と。 何かを求めて旅人になったその旅人も、今頃どこかで、この星空の下に身を休めているのだろう。 翌朝、赤みを帯びたまぶしい金の朝焼けを浴びながら、旅人が上機嫌で呟いた。 「うん、今日も良い星が見えてるねぇ」 空に向けられていた笑みがこちらを向いて、浮かんだ疑問に答えてくれる。 「カペラは沈む事のない星なんだよ。お天道様が出ていても、祝福をうけたこの目なら見逃す事なんてそうそうない」 そうして今日もまた、旅が始まる。
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