夜は苦手だと、その旅人は少しだけ笑った。 「祝福の星はアルタイル。四重奏の鷲さ。……彦星?」 呟いた別名には覚えがなかったようで、聞いた名前を口に乗せると、不思議そうに首を傾げる。 ちらり、と流れた髪の合間に覗くのは尖晶石。 「うん、その呼び方は知らないな。へえ、ベガとペアで? ああ……夏の大三角だからかな」 七夕の伝承を掻い摘まんで話すと、僅かに藍色を帯びた、宵闇に似た瞳が瞬いた。向けられた視線を察してか、旅人の指が目許を撫でる。その腕にもまた、尖晶石。 手の動きに、腕のヒレが揺れた。焚いた火を映して一層あかく煌めく。 「……何か付いているだろうか?」 旅路の間に土埃でもついたかと、指が目許から頬を幾度かなぞり、そのたびヒレの尖晶石がちらちらと輝いた。 目も尖晶石なのかと気になったのだ、と視線の意味を明かせば、ゆるく夜に遊んでいたヒレが動きを止める。 「うん? 目の色? ……いや、こっちは尖晶石ではないよ。確かに、ブルースピネルでこういう色を出すものもあるけれど」 虚を突かれた風情でそう答えてから、どちらかと言えば夜の色だと思っている、と続けた旅人は、ひとつ息を吐いた。 「眠れないから、夜は苦手なんだ」 だから、魔女を探していると。 探し物は、寂しがりやな魔女の嘘。 眠れぬ夜をやり過ごすために、それが必要なのだという。 「雲を掴むような話さ、まったく。……魔女というのは、どちらかと言えば剛毅なものだとは、聞き及ぶけどね。それでも『寂しがりや』が一人きりというほど珍しくはないだろう。何人の魔女が候補に数えられるやら、うんざりだよ」 あと何度、この夜をやりすごせばいいのかと、苦い笑み。 「夜も、眠ってしまえるのならば悪くないのだけどもね――ああ、今夜はアルデバランがよく見える」 遠く、何かを想う眼差しで呟いて。 こちらの眠りの邪魔になるから、と天幕を辞した旅人は、今日もどこかで、何とか夜を越すのだろう。 旅が終わるまで、その夜も続く。
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