幻想地球系の旅人たち
プロキオン/緑柱石

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 夜が深まるにつれ、雲が厚くなりはじめた。  雨風を避けるため宿を求めた旅人が、今宵もまた、物語を持ち込んでくる。 「残念だ。この一夜を残すことが出来ないとはね」  プロキオン――シリウスに先立ち空を駆ける星。その祝福を持つ旅人は、心から口惜しそうに言葉を零すと酒杯を傾けた。袖口からのぞく腕には、鮮やかな緑。  『世界のすべて』を書き残す──それが旅人の目指すところなのだという。  しかし、この一夜に綴られる物語は、例外だ。書き残される『世界』に、これから語られる話が含まれることはない。  旅路のなか、夜を越える力添えをするために張られる天幕。逗留の対価として語られる彼らの旅は、他で記すことを許されてはいなかった。 「いや、解っている。承知の上だとも。宿を求めた時点で、そのことは当然、弁えているさ」  向けた視線に答えて、旅人は両の手を頭上へと掲げる。自然と下がった袖から晒される腕には、深い森に息づく青葉のような、濃く深い色をした緑柱石の痣が見えていた。 「見事だろう? 夏の盛りには枝を伸ばして爪の方までくることもある。鱗のようだと言う連中もいるが。……まあ、うちの緑柱石は森の一族で、アクアマリンなんかも含むから範囲は広い。このエメラルドのルーツも青葉かもしれないし、鱗かもしれないし、真相は神のみぞ知るところだろうさ。いや、その神も定かじゃないんだが」  古くより変わらず、始祖に繋がる神を奉じてきた一族もいれば、時を経るうちに、信仰だけが残る一族もいる。旅人は後者に属するものらしい。  緑柱石――エメラルドやアクアマリンとして流通する石を持ち、草木、果実、水といった、恵みの森を広く信仰してきたのが、旅人の属する一族だという。 「ようは何でもありなのさ。きっと始祖も神も大雑把なたちだったんだろう」  だから自分も、こんな大雑把な旅を続けている――と、天幕の先、雲の上に広がっているだろう星空へ笑いかけて、空にした杯へ酒を注いだ。 「悪戯好きな妖精の足跡……うん、今はそれを探し歩いている。同じ祝福のよしみで、ちょっとした約束をしてね、投げ出すのも癪でさ。やつらは妖精たちの中でもとびきりのトラブルメーカーだろう? 語り部としてはろくなものじゃないが、話をうまく聞き出せれば面白いことになるしね」  とはいえ、今のところ、妖精たちの『悪戯』に振り回されて逃げられることのほうが多いそうだ。  それでも変わらず、旅は続く。記述が終わる時まで歩みがやむことはないのだろう。  旅人が眠りに落ちたであろう頃、雨が去ったあとには、満天に散り輝く星々が、旅人の足跡を照らしながら夜明けを待っていた。

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