幻想地球系の旅人たち
プレセペ/雪花石膏

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 旅人は、耳に雪花石膏を宿していた。祝福はプレセペからだという。 「雪花石膏の長が、死んだんだ」  その白をこよなく愛した雪の神のため、長を送る鎮魂歌が必要になったのだそうだ。  荘厳なだけではいけない。もっと心を安らがせる旋律でなければ、神の嘆きがやまぬ。そうして旅人は、旅人になった。長に手向ける、雪の神に届かせる、特別な鎮魂歌を見つけるために。 「それこそ雪の神の接吻のような。そう、死の様に冷たくて、でも酷く甘い、そんな歌だね」  語りながら、慣れた手つきで銀の鏡を磨き上げては、それに耳を映し、器用に小刀をあてて刃先を滑らせる。 「口づけより甘い鎮魂歌。それを、空に放つのさ。雪雲の遥か先におわす神の御許まで届くように」  さり、さり、と、薄く氷を削るような音をこぼして、雪花石膏の粉がちらちらと舞う。 「痛くないかって? 君だって、爪の先をちょこっと削るくらい、どうってことないだろう?」  旅人の、くすくすと笑う声が天幕に波をおこす。 「そういえば、君、このあたりで最近、トルコ石の旅人は見かけた?」  手入れを終えて、鏡と小刀をしまいながら、旅人が問うた。 「……いいや。べつに、逢いたいわけでは、ないんだけどね。ただ、どこかに居ることが分かりさえすれば」  旅人は、静かに微笑んで。  一点も曇りのない、真白い雪を固めたような雪花石膏の耳を、そっと撫ぜた。  ひだを重ねるように削られた耳は、遠目には柔らかい髪飾りに見える。鳥の羽を束ねたように、あるいは、レースを幾重にも織り込んだように、ゆるやかに波打つ、雪の白。  その、繊細な陰影を刻んだのが、トルコ石の旅人なのだろうか。  雪花石膏の神は雪の神。プレセペは嵐を知らせる星々の雲。そんな話をもう幾つか語ってから、雪花石膏の旅人は天幕を辞していった。 「明日は雨がくるから、気をつけて。うん? プレセペのご機嫌が斜めだからさ」  空には数多の星々がまたたく。そのどれかがプレセペ、旅人が祝福をうけた星団だ。  夜が明ければまた、鎮魂歌を求める旅路が続くのだろう。

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