旅人は冬に向かってひた歩く。月さえ凍る夜を求めて。 「探しているのは月の凍る音。さあ…どこまで極地に踏み込めばいいものかねえ」 自身に宿った祝福をなぞってか、空にかざした指でベテルギウスの大三角をかたどり、囲みの中に月を捉えて笑った。 のんびりとした言葉とは裏腹に、投げ出された旅人の足の近くで、瑪瑙の尾が気ぜわしく揺れる。 薄く光を透かす紺碧と白、泡沫を思わせる、細かい曲線で形作られた縞模様が、細波のように砂を撫でた。 「いやあ? 邪魔だと思ったことはないね……ずっと生えてるものなわけだしさ。結構いろいろと役に立つものだよ」 たまに勝手に動くのが難だけれど、と繊細な泡立ちを指先がなぞる。聞けば、山岳地帯には尾持ちが多いのだそうだ。 ぱたり、ぱたりと、鉱物の見かけに反して軽い音。 「こっちのほうだと少ないのかな? 確かに、言われてみればあんまり見かけないかもねぇ」 変わらず月を仰ぎながらの言葉に、辿った旅路の長さを思う。 旅人が旅人になった時、そこに在った景色はどんなものだったのだろうか。 「ま、それでもまだ旅は続くわけだよ。――この旅路は、定められた道を変えるために、ってね」 音を立てて月が凍りつく瞬間。それが季節によってもたらされるものか、それとも土地か、それすらも今はまだ分かりはしない。それでも旅人は旅を続ける。焦がれてやまない結末のために。 ただ空だけがいつの夜も、すべての上で煌々と星を瞬かせていた。 「さて、お代はこんなところかなあ。あんまり変わった話でもなくて、悪いね」 夜を一片ほど分け合って、旅人は続く旅のため眠りに就く。 去り際に差し出されたのは、ひと欠片の碧い泡沫。爪ほどの薄い紺碧に、繊細な白の波が踊る。 「こないだ少し欠けちゃってね、これも何かの縁だろうし、よければどうぞ。なかなか良い具合の縞だと思わない?」 青さでは天青石に負けるけど、と誰かを映した呟きを零し。 今日もまた、旅人たちの夜は過ぎてゆく。
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