幻想地球系の旅人たち
アンタレス/碧玉

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「貴方は人魚の歌を聞いたことがある?」  やや唐突に、その旅人は問うた。  祝福はアンタレス、サソリの心臓。鈍い血の輝きにも似た、星を思わせる碧玉の角が、月光に映える。  紅、朱、緋、橙。  星雲のような水面のような、様々な赤が描くかすかな濃淡――瑪瑙ほど明らかではなく、紅玉髄ほど澄んでもいない。独特の趣を持ったその色を眺めながら、是とも否とも取れる答を返す。  零された問いかけの続きを促せば、また今夜も、ただ一夜限りの物語が始まった。  求めているものは、人魚の歌声。 「人魚は水の中でしか歌わないと聞いた。その歌は、水に棲むものにしか聴けないと」  水から生まれ、水と共に生きるもの。自らと同じように、生命の精髄の中で暮らすものにしか与えられないという祝福。  それを探し求め、旅を続けているのだという。  旅人が宿す祝福はアンタレス。今宵の頭上にも宿って燃える星、空の領域にあるものだ。 「――けれど、私はそれを見つけなければならない」  空の祝福と共にあり、そして地と共に旅をする身で、それでも水の祝福が要ると。  そう呟いて、目を細めた。  何のために? と今度はこちらから問いかけた。  星々の瞬きを肴にしばし酒杯を重ねてから、そうっと一片ひとひら、言葉が落ちる。 「描き上げなければならない、絵があるから」  その絵にどんな意味や価値があるのかは、余人の与り知るところではないのだろう。  白み始めた地平線へと続く道に顔をしかめて、旅人はまた旅路を辿るため去っていった。  この辺りの草原には嫌な色の花が咲くから、嫌いなのだという。天河石の名を冠するその花をひとつ摘み取って、今日の旅は始まった。  あてのない旅でも、はてしない旅路でも。  旅人が旅人である限り、旅は続く。

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